牢 
縛 





瀞霊廷、四門の100枚分の匹敵する。
そう唱われている門が地響きをたてながら開く。

幾重にも幾重にも施された結界。
見上げても頂上が見えない壁は、見方を変えれば彼を守るための要塞のようだと乱菊は思う。
乱菊は百科事典より嵩のある書類の束を両脇に抱えている。
並の女性なら到底持てないそれを、軽々運び、姿を表した陰鬱な看守に半分渡した。

階段に通される。

すべてが終結して、ここに来るのは何度目になるだろう。

――永久牢獄。
その名の通り、この世界でもっとも重い罪を犯した咎人を,、永久に閉じこめるための牢獄。
そこへ続く階段は、あまりにも果てしなく、まるで奈落の底へ向かっているようだ。
この先に居るのは、死ぬ権利すら剥奪された永久罪人。
地表より遙かに下で、輪郭すら忘れてしまいそうな真闇に住む罰を受け続ける。

一歩、進むごとに光りは遠のき、闇がすりよってくる。
階段が見えなくなる。闇にすっぽり包まれる。
それでも下りていくと、降りる段が無くなった。

「…松本副隊長ですね?」

半日かけて階段を降りると、すっと目深にフードを被った看守が現れる。
乱菊は左脇に挟んでいた書類を彼に渡す。
それから再び長時間待たされる。書類の確認、許可証の発行。
それから噂によると四桁はあると言われる鍵の開錠。
最初の頃はそのあまりの時間の長さに腹をたてた乱菊だったが、今ではすっかり慣れてしまった。

「お待たせしました。」

柱にもたれ掛かって、瞑目していた乱菊が目を開ける。

扉が開く。
戒めていた鍵が、じゃらじゃらと音を立てた。。

闇よりも暗い。黒い世界。
その中。
看守がそっと置いた細い蝋燭に照らされて、さらりと銀色が動いた。

「やぁ。元気にしとったかい。乱菊」

この瞬間が、一番言葉に詰まる。
永久罪人、護廷13隊。元三番隊隊長市丸ギン。
その名を魂尺界全土に刻むことになった彼は、、乱菊が会いに来るまで、ただ一人。
拘束具をつけられ、何をすることも許されず佇む。顔どころか、己の輪郭忘れそうな闇の中で、自由なのは思考のみ。
普通ならとっくに狂っている状況で、彼はあの頃より痩せた体で、あの頃と同じように同じように微笑む。
この状況で、正気を保ち続けること、それこそが異常なのではないか。
安堵と共にいつも恐ろしくなる――。

動揺する乱菊を他所に、ギンは軽い調子で声をかける。


「なんやその服。まだ副隊長に甘んじてるん?」

「…隊長なんてやったら仕事が増えるじゃない。願い下げよ。」

「副隊長に『ちょいとお願い』言うて、押しつければええ」

「あんたじゃあるまいし」


日番谷の側を離れる訳がない。
永久罪人との面会を許可し、煩雑な書類にサインし、保証人になってくれる上司の元を離れる訳がなかった。
日番谷にとってもこの目の前の男は、因縁のある者が相手だろうに…

乱菊の返答に、しみじみとギンは呟く。

「変わらんねぇ。乱菊は」

穏やかな言葉。
しかし彼の口元に浮かんだのは、酷薄な笑みだった。


「ずっと変わらん。乱菊はボクのもんや」


自信たっぷりの口調。支配者の瞳。

乱菊の顔に影が指す。

「ギン…」

「今のボクにとって乱菊がすべて。乱菊が来なくなったら、きっとボク死んでしまうやろうなぁ」

片時も忘れたらあかんよ。ボクのものだって。
ずっと考えていて。ボクのこと。


市丸の瞳にゆらゆらと危険な炎がともっている。
たっぷりと毒を含んだ言葉は、乱菊の首に歯を立てているようだ。

乱菊の心はざわつき、瞳は揺らいでいる。


「おいで、乱菊」


今日は拘束具を外されている手が、延ばされる。

乱菊はギンの言葉に逆らえない。
ギンを見つめる。ギンも乱菊を見ている。
絡み合う視線。
近づく距離。
目を伏せて待つ。

しゃん。と鎖が鳴った。

ギンの首に繋がれた首輪。
彼の霊力を奪い代わりに、彼に養分を流し続けているそれは、固く壁とギンを繋いでる。
彼はそれ以上進むことができない。
乱菊の前には、闇に紛れながら漆黒の鉄格子が冷然とそびえ立っている。
手を伸ばせば触れそうな。それでいて縮まらない距離。


「……無粋やな」


ギンの零した笑みは、苦笑にしては暖かなもののように思えた。
同時に後ろから声をかけられる。

「時間です。」

多量な書類。煩雑な手続き。けれど得られる面会時間は本当にわずか。

「バイバイ。乱菊。」

促されて、扉へ歩いていた乱菊が足を止める。

「……また来るわ」

ギンはその時、ほんの少しだけ沈黙した。

「……ああ」





乱菊は来た時と同じ階段を昇っていく。
ギンの言葉が、胸をしめつけて離れない。
魂尺界の最奥の地から、乱菊を束縛して離さんとする言葉。
けれど、乱菊にはその真意がわかすぎていた。

ギンは自分から見捨てられようとしている。

重く煩わしい存在になって、乱菊が自分を見捨てるのを心待ちにしている。

変わらないのはギンの方だ。
いつだって乱菊がのばした手を振りほどいてしまう。
一人でどこかにいって、乱菊を日の当たる安全な場所に置いていこうとする。

「…無駄よギン」

今度は。
言いながら、上から差し込んできた光の眩しさに目を細める。

「だって私はずっとあんたに捕らわれていたいんだもの」


貴方が、鎖を断ち切ろとする度に

私の鎖はより強く深く、絡みついていく。

強く、深く、血が滲むほどに。

その痛みこそが愛おしいと、

私は感じてしまっているのだから――。




牢獄の門が、大きく重い音をたてて閉じた。