ビスマルクは士官学校に居た。
未来の士官育成のために、一か月に一度か二度講義をして貰えないでしょうか。という学校側の要請を承諾したのは数年前である。
そして次の講義の日程の打ち合わせを終えて、中庭を歩いていると後ろから声を掛けられた。
ラウンズのナイトオブスリーであるジノ・ヴァインベルクの実妹。・ヴァインベルクであった。

「ワン先生!」

生徒たちの間でビスマルクはそう呼ばれることが多い。
年配の教官たちは「栄誉あるナイトオブラウンズ筆頭になんと不遜な…」と眉をひそめているが、そう呼んでくる生徒達はしっかり尊敬と親しみをこめて呼んでいるのがわかったから、それで良いとビスマルクは双方に伝えている。

「ヴァインベルク候補生。私に何か用か?」

その溌剌とした少女のことを見ると、ビスマルクは何故か少し緊張を覚える。
それが何故なのか、過去に何度も会ってるのにビスマルクにはわからない。
その戸惑いがバレないように、ビスマルクは平静を装って尋ねた。

「はい。お会いすることが出来て良かったです!先生に渡したいものがありまして…」

「渡したいもの?」

「はい!今日はバレンタインですから!!ご迷惑でなければ貰って頂けないでしょうか?」

そう言うの声は明るくも大きい。
たまたまその場にいた教師も生徒も、こんなに堂々と威厳あるナイトオブワンにバレンタインのチョコを渡すなんて…とギョッとしている。
一方ビスマルクはの言葉でどこか浮ついた学校の雰囲気に納得した。
そして今、自分の心もそれに感化されたように微かにざわめく。
それを不思議に思いながら、差し出されたのチョコを受け取る。

「・・・有り難く頂こう」

「ありがとうございます!!…あっ、そろそろ授業が始まりますのでこれで失礼させて頂きます」

ペコリと大きく頭を下げて、慌ただしくは校舎に走っていく。
その少女が手に持つのはこれから配るのだろうチョコが一杯入った紙袋。

明るくて可愛いからチョコを貰ってときめかない男子はいないだろう。
だがそのときめきも、彼女が持つ巨大なチョコ袋に即座に粉砕されてしまっているのだろう…と言うことはビスマルクにも容易に察せられたのだった。





※※※


ラウンズ会議室。
会議が終わった後ジノは、人懐っこくビスマルクに話し掛けた。

「ヴァルトシュタイン卿もうちのから手作りチョコ貰いました?」

「あぁ…うん?あれは手作りだったのか?」

「そうですよー」

「!?私はてっきり高級専門店のものかと思ったぞ」

驚くビスマルクに、ジノはぽりぽりと頭をかいて答える。

「それはまぁ…ですから」

爽やかな熱血少女のの名は伝説とともに語られている。
教官に言われるままグラウンド100周を完走したとか、難解な例文を200回書いて覚えて腱鞘炎になった等々。
バレンタインのチョコも毎年作っている間に試行錯誤を重ねて今ではプロの職人が舌を巻くまでになってしまったらしい。
彼女の努力家ぶりも大変なものだな・・・とビスマルクは感心する。
ふと視界の端にラウンズ最年少の少女が見覚えのあるチョコを食べているのを捉えた。
のチョコだ。

「…?アーニャのものは私のものより随分小さいな」

「……女同士はだいたいこれくらいが普通……お返しもあるから…逆にこれ以上貰っても迷惑…」

「お返し…」

「ヴァルトシュタイン卿?」

ビスマルクはアーニャの言葉に考えこむような素振りを見せた。
そして至極真面目な顔でジノに尋ねた。

「…手作りチョコにはやはり手作りの菓子を返すべきだろうか?」

ジノは一瞬目が点になった。

――まさか自分で作るつもりなのか。ヴァルトシュタイン卿!!!

そう悟った瞬間、ジノは思った。
すごく見たいと。
しかし相手は恐れ多くもブリタニアのトップに立つ騎士である。そんな彼にまさか嘘をつくわけには…しかし見たい。
短い葛藤の末にジノは無難な言葉を選んだ。

「何を返すかは人それぞれですから…」

「そうか」

「…でも誠意を表すには手作りのお返しもアリかと…」

「ふむ。考えておこう」

――考えちゃうんだ!ジノは心の中で驚きとともに感動した。

そして来月のホワイトデーに、このナイトオブワンが一体どうするのか考えただけでワクワクしたのだった。





※※※




一か月後。


任務から私邸に帰って来たジノ、真っ先に愛する妹の部屋へ向かった。

!」

「兄上!もうお帰りになられたのですか!?」

「なぁなぁ、ホワイトデーはどうだった?」

「えっ?」

「ヴァルトシュタイン卿から何か貰った?」

「あぁ!はい!頂きました!」

「どんなのを!?」

ジノは身を前に乗り出して、好奇心に目を輝かせる。
対しては思い出すように、うーんと口に指をあてた。

「…それが見たことがないような形をしていて、味は甘くて苦くてしょっぱくてすっぱくて不思議な味がしました。私はお菓子なら大概のものは分かると思っていましたが、まったくの思い違いでした!きっとあれは私などが知らない異国の地の秘密のお菓子だったんですね!さすがはナイトオブワン様。広く世界を知っていらっしゃると感服致し…兄上?」

途中から腹を抱えて笑い出したジノにはきょとんとする。
ジノは苦しそうに笑いを引きつらせている。

「……今の感想ヴァルトシュタイン卿に言うなよ」

「??」

兄の言葉の意味がまったくわからないだった。




Fin

08.10.5