いくら長期の外征から帰って熟睡していたとはいえ、侵入者に気付かなかった己にビスマルクは呆れ返った。
そしてビスマルクは安眠を妨げた彼女――何故かビスマルクのベットの上に覆いかぶさっている皇女にごくもっともなことを問い掛けた。

「姫様…?何をしておられるのです?」
「あっあの」

は酷く狼狽した様子だった。
しかし次にが口にした言葉で、ビスマルクもまた激しく動揺した。

「私を抱いて下さい。」

ビスマルクは完全に硬直した。
――この方は、今なんと言った?

「…だってビスマルクが、いつまでも私のことを好きでいてくれる保障なんてないですから…フラれる前にせめて思い出が欲しくて…」

ビスマルクはなんだかもの凄く情けなくなった。
自分はどれだけ信用がないのだろう…。

「いけません姫様。貴女様がこのような――」

はしたない真似、と続けようとした言葉をビスマルクは飲み込んだ。
の目が潤んでいる。それを言われたらきっとは泣いてしまうだろう。

「…やはり私ではそう言う対象になりえませんか…」
「違…」
「ならばどなたか別の女性と寝て下さい」

今度こそビスマルクは絶句した。そして傷付いた。
どこの世界に好きな女性に浮気を勧められて喜ぶ男がいようか。
ビスマルクは必死に平静を装って尋ねた。

「…なぜそのようなことを、おっしゃいます」
「男の方は欲を溜めると体を悪くすると伺いました」

恥ずかしげもなくさらっとは答える。
ビスマルクはそう言う意味か、と複雑な心境の中で納得する。

「…ご心配なく。一人で処理します」
「えっ?性欲とは一人で処理出来るものなのですか?」
「…えぇ」
「そうなのですか?」

目をぱちくりとさせるはきっとわかっていないだろう。
…あぁ何故自分が神聖な皇女殿下にこのようなことを…。
ビスマルクは額を押さえた。本気で頭が痛い。

「でも本当に体が悪くなりそうとか、辛くなったら私に構わず誰かと寝て下さい」
「…姫様。いくら姫様といえどそれ以上言ったら怒ります」
「…怒るのですか?」

はぐすっと鼻をならして、今にも泣きそうな顔をして瞳を潤ませる。
それを見てビスマルクは力なく「……嘘です」と答えた。何の罰ゲームだこれは。

「…ちなみに姫様。かような事誰から聞いたのです」
「それは…口止めされているのでお答えで来ません。」
「ほぅ、左様ですか」

――つまり頭が良く、悪知恵が働く人物か。
にいらぬことを伝えた犯人にとって残念なことにビスマルクの周囲にそういう人間はごく少数である。
ビスマルクが密かに嫌がらせプランを練っていると、袖を引かれた。

「あの…閨事は今日諦めますから…せめて口付けをしてくれませんか…?」

上目遣いに懇願するの姿に、ビスマルクは参ったとばかり眉を下げた。
必死にキスをねだるは正直、男としてグッとくるものがある。

「…わかりました」


ベットの上で抱き寄せて、そっと触れるだけのキスをした。






明くる日。

「で、うまくいった?」

「はい!!」

「うんうん。最初にもの凄い高い要求を出して、その後それより安い要求をだして承諾させる。まぁ初歩的な詐欺師の手段なんだけど、この場合は有用だったわけだねー」

「本当は最初の高い要求も飲んで頂きたかったのですが」

「あはっ。相手はあの帝国最強の堅物ナイトオブワンだからね。最初からうまく行くわけないんだ。欲の出しすぎは禁物だよぉ」

そう言っていつものように、細い目を楽しげにさらに細めるのは――ロイド・アスプルンド である。
ロイドは昨日の顛末を聞きつつ、ニヤニヤと笑った。あの厳粛なナイトオブワンがうろたえたかと思うと大変面白い。
その後和やかに世間話をいくつか話しては去っていった。
さて自分も仕事に戻ろうとしてギクリとした。
開発中のKMFの下に白いマントを羽織った男がたたずんでいる。
ロイドは即座に逃走を試みたが、悲しいかな研究畑の人間と帝国最強の騎士との瞬発力には雲泥の差があった。
逃げようとしたロイドの首根っこを捕まえて、ビスマルクはにこにこと笑った。

「どちらに行かれるつもりかな?特派主任長殿」

ロイドはぞわぞわと寒気に襲われた。
洒落ではなく本気で生命の危機を感じる。

「ご高名なるアスプルンド博士。是非貴方が先程おっしゃていた¨初歩的な詐欺師の手管¨についてご高説を賜りたい」

「い、いやぁ。貴方には必要ないんじゃないかな―」

「ほぉ、出し惜しみなさいますか。何、こちらとてタダでとはいいません。私のKMFの操縦データを提供致しましょう」

「データならスザク君で間に合ってます!」

「遠慮は不要ですぞ。KMFの開発ならこちらとて協力を惜しむつもりはありません」

逃げられると思うな。
先程からロイドの耳ではビスマルクの言葉の副音声が聞こえている。
ロイドが恐怖に震えていると、天の助けとばかりに助手が通り掛かった。

「あら…?」

セシル君助けて!とロイドが叫ぶ前にビスマルクが前に出た。

「失礼。アスプルンド 博士をしばらくお借りしても良いだろうか?」

セシル君。ボクを貸しちゃダメェェ!!と叫ぼうとしたロイドの口はビスマルクの無言の圧力によってとざれた。
首をかしげながらセシルは、ビスマルクとロイドを見比べる。
そしてにっこりと笑った。

「どうぞどうぞ。いくらでも。もうそんな上司なんていっそ帰ってくんなって感じですから」
「貴女も苦労されているようですな」
「それはもうたっぷりと」

ビスマルクとセシルはにこやかに話を続ける。二人は何か通じ合ってしまったらしい。
和やかな会話にロイドは冷や汗をダラダラと流した。

「では参りましょうか。博士」

「いってらっしゃい。ロイドさん」

今、セシル君「逝ってらっしゃい」って言った!絶対言った!!
しかしロイドに抗議する権利はなかった。
ビスマルクに力強く引きづられていく。

「いやだぁぁぁあああ!!!」

ロイドの甲高い悲鳴に耳を貸す者はいない。



Fin

08.12.20