ふと気がつくと、もう1人の主役のはずのビスマルクの姿が見えなくなっていた。
教会の外での立食パ―ティ―は始まってから数時間経過していたので、来賓も主役よりもそれぞれの会話に話を咲かせ初めている。
会話中の人間に割り込むのも気が引けるので、誰か1人で手すきの者はいないかと探す。
すると木の下で1人、携帯をいじるアーニャを見つけた。
だが、は彼女に声を掛けることをためらう。
ズバズバとはっきり物を言うそのピンク色の髪の少女がは苦手だった。
だが見渡す限り、1人なの彼女だけのようだ。
「あの…アールストレイム卿」
「なに?」
さすがアーニャだ。余分なことは一つも話さない。
は若干おびえながら、恐る恐る尋ねた。
「ビスマルク。見なかったですか?探しているんですけど…」
「キレイ」
「え?」
聞き返すと、ナイトオブシックスはこちらを指差す。
えぇっと私?ってこともないだろうから…
「ドレスがですか?」
「違う。貴女」
世辞などとは縁遠い彼女のこと、今の発言は彼女の率直な感想なのだろう。
まさかアーニャに褒められるなんて。予想外の言葉にの頬がかあっと赤くなった。
「あ、ありがとうございます」
「…探している人なら、あっちに行くのが見えた」
がぼそぼそとお礼を言うと、アーニャが無表情に道を指さして先の問いに答えた。
そして彼女はに関心を失ったように携帯に視線を落とした。
はぺこりと頭を下げて、その場を離れようとした。
「…お幸せに」
背中にかけられた言葉に驚いて振り返っても、ラウンズ最年少の少女は携帯を見たまま。
けれどは嬉しくなってにっこり笑った。
「ありがとう!!!」
アーニャが指し示した方向に歩いていくがなかなかビスマルクの姿が見えない。
この道で本当に会っているのか不安に思ってきた矢先に人影が見えた。
「お待ちしておりました。様」
「…ええっと?」
木々の間から現れた人物の言葉の意味がわからずは戸惑う。
どこかで見たことがある人物だ。と思うより先に彼の服装で彼が何者であるかがわかった。
しかし何故「彼」のような人物がこんな所に居るのかさっぱりわからない。
おろおろするに優しく笑いかけて彼は「こちらです。」とを案内した。
案内された先にはビスマルクが居た。
彼は芝生の上に膝をついている。その先には――
えっとは目を見張った。
「ちっ、父上様!?」
そこには神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアがその場に立っていた。
少し離れたところでは彼の護衛が控えている。を案内してくれた男もすっとその列の先頭に並んだ。
――なぜ、父上様がこんな所に!?
は訳がわからずに混乱する。
それを察したかのように、ビスマルクが口を開いた。
「陛下は恐れ多いことに、私たちに祝辞を伝えるためにおいで下さったのですよ」
それを聞いてはもっと驚いた。
信じられない。
父上から声を掛けられた記憶などほとんどない。数少ない会話も儀礼的なものばかりだった。
だからはずっと父からは嫌われているとばかり思っていた。
と、そこまで考えた所で慌ててビスマルクと同じように膝をついた。
ヴァルトシュタインに降嫁したはもう皇籍を持たない。
皇帝と同じ目線で会話をすることはもはや不敬となっていた。
膝をついたを、シャルルは冷厳なまなざしで見下した。
「…よ。小さき者は小さき者のやるべき役割を果たせ」
小さき者。
それはがあらゆる面において能力がないことを指すのだろう。
けれどは傷つかなかった。
むしろその言葉に心震えるような感銘を受けた。
私に出来ること、それは――。
は瞳を閉じて礼を述べた。
「…ありがとうございます。…陛下」
シャルルは静かに頷くと立ち去って行った。
皇帝の親衛隊もその後に続く。
「――やっと、2人きりになりましたね」
立ち上がるとすぐにビスマルクに抱き締められた。
「こうして貴女を抱き締めたくなることを我慢するのに苦労しました――貴女があまりに綺麗だったから」
すぐ近くから聞こえたビスマルクの言葉に、は否応なしにドキドキした。
「わ、私に今さら気を使っても…!」
ビスマルクが小さく笑う。
「私が女性に気の利いた世辞の一つも言えない男だと言うのは貴女ももうご存じのはずです。今、私の言ったことは、私の本音です」
の頬が赤く染まった。
ビスマルクに言ってもらう「綺麗」が誰に言われるよりも嬉しい。誰よりもドキドキする。
それからは少しためらうように、不安そうにビスマルクに耳打ちした。
「ねぇ、ビスマルク。私が姫でなくても、皇族でなくなっても本当に私のことを好きでいてくれる…?」
「疑り深い方だ」
そう言ってビスマルクは軽々との腰を片腕で抱きあけだ。
視界がビスマルクを見下ろせる程高い。思わずはビスマルクの首にしがみついた。
ビスマルクは下からの瞳を覗きこんで微笑んだ。
「貴女はどれ程私がこの時を待ちわびていたかご存じでない。私は待っていましたよ。ずっと、ずっと…。。貴方はやっと私のものだ。姫でも皇族でもない貴女こそ、私が一番に望んでいたものなのです」
はどきまぎして俯いて彼からの視線から逃れようとするが、下から覗き込まれている体勢ゆえ、それも叶わない。
静かに2人の視線が絡み、どちらともなく唇を奪い合う。
角度を変えて、何度も。
温度を確かめ、求め合う。
ひとしきり深いキスを終えて、ビスマルクはそっとを地に降ろした。
「この続きは…」
「今夜に、ですか?」
2人は同じように悪戯っぽく笑った。
すっとビスマルクは腰を低くしての手の甲に口付けた。
そして上目遣いで彼は宣言する。
「今宵。私は貴女の全てを貰い受ける」
は一瞬息が詰まった。
それは紳士的な仕草。けれど言葉と視線は獲物を狙う獣のように獰猛さを秘めていた。
の胸が高鳴った。堪らない。
この人のそばにいたら、好きになりすぎて自分は死んでしまうかもしれないという予感が走る。
そう考えてはまるで花が咲くように、華やかに晴れやかに微笑んだ。
「はい。私を貴方のものにして下さい」
その時、2人の名を呼ぶ声が遠くから聞こえた。
主役が居なくなったことにやっと気付いた周囲が探し始めたらしい。
「戻りましょう」
ビスマルクが踵を返して会場に戻ろうとする。
は慌ててビスマルクの袖を掴んだ。
「待って!もう一度だけ…」
上目遣いで恥ずかしそうにお願いしてくるに、ビスマルクは若干驚いた後、小さく笑った。
彼はすぐにを引き寄せて、彼女の望みを叶える。
そっと触れるだけの接吻。
「…こんなこと、これからはいくらでも出来ますでしょうに」
「だって…」
はちょんと、身に纏う純白のスカートをあげた。
「今日のキスは、今日にしか出来ないから…」
「なるほど…では」
納得するとビスマルクはもう一度の唇を奪った。
唇を放した2人の顔に浮かぶのは穏やかな笑み。
「行きましょうか」
頷いては差し出された手を取って、歩き出した。
私はあなたを愛し、慰め、敬い、支えることを誓います。
幸福な時も幸福でない時も
富める時も貧しい時も
病める時もすこやかなる時も
死が私たちの間をへだてるまでは
あなたを愛しいつくしみ
変わらぬことを
誓います
神の御名によって夫婦の誓約はなされた。
神が結び合わせてくださったものを
人は離してはならない――
Fin
09.3.28
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