仕事を終えて私室に帰ると、が飛びついて来た。

「暇だ。ビスマルク。遊びにいこう!」

ビスマルクは盛大なため息をついた。

「こんな遅くからどこで遊ぶと言うんだ…」

もっともなはずのビスマルクの言葉に、ちっちっとは指を振る。

「相変わらず野暮だね。ビスマルク。そんなんだからその顔と地位の割に女が出来ないんだよ。良い?ペンドラゴンにもついこの間、夜でも遊べるアミューズメントパークができたの。映画館、水族館、美術館、遊園地エトセトラエトセトラ、などが揃った総合的な娯楽施設がね。ということでこれは行くしかない!!」

宣言するや否やビスマルクの返事も待たずに、はどこで遊ぶのか検討に入る。
一方ビスマルクの方も慣れたもので、嘆息しながらも外出の準備を初めている。
どうせ拒否した所で無駄な足掻きなことは、これまでの経験からわかっている。

服を着替えながら、ビスマルクは思う。

雑誌を読みながら無邪気にプランを練る少女。
あの少女を誰が不老不死だと思うだろう。
誰があの少女に、あんなにも暗い一面があるのと思うのだろう。

を陛下から紹介されたのは、士官学校を卒業してすぐ――つまりもう随分昔の話だ。
教団の実験の偶然の産物で誕生したコード所持者。
「使ってみるが良い」と言われて連れ帰ったものの、少女のあまりの天真爛漫っぷりにビスマルクは手を焼いたものだ。
契約の際に聞いた彼女に望みは「私を一杯楽しませてくれること!」
ビスマルク思わずは唖然としてしまった。
しかし少女のあどけない笑顔に、彼は確かに癒されていたのだ。


だから初めて暗い部屋に佇む少女をみた時は驚いた。
は自分の手首にナイフをあてていた。白い腕に流れ落ちる鮮血。
慌てて部屋に踏み込もうとしたが、の表情を見てはっと足を止めた。

はまるで物を見るような目で自分の血を見ていた。
どこまでも渇いた、熱のない瞳で。
すでに幾度もの死線をくぐりぬけていたビスマルクですら、それには一瞬足をすくませる。
が小さく呟く。その言葉を聞いてはいけない気がして、ビスマルクは彼女から目を反らしてその場を去った。


それからしばらくして、ビスマルクは彼女の秘密を知った。
人為的なコード所持者だからだろうか。
彼女は完全な不老不死ではない。他人が彼女を殺す事は出来ないが、彼女自身が本気で自分を殺そうと思えば殺す事が出来るらしい。
その辺りが彼女に鬱屈としたものを与えているのではないか思われた。
だからと言ってビスマルクには何故、彼女があのような行動をするのかはわからなかった――


玄関の方から声が聞こえた。

「ビスマルク遅い!早くしないと夜が明けちゃうよ!!」

声の方へ向かえば、仁王立ちしたが怒っていた。
ビスマルクは苦笑しながら「すまなかった」とポンポンと彼女の頭を軽く叩く。
むっとする彼女に手を差し延べる。

「さぁ、早く行くとしよう」

は嬉しそうにビスマルクの手を握る。笑う彼女に、ビスマルクも微笑む。
明朗単純に見えて、複雑な彼女の精神。
彼女は暗い部屋の中で一体何を思っているのか。

――にあんな顔をさせないためなら、これくらいの我が儘は安いものだ。



fin

08.9.15