手首にナイフを刺す。溢れる血液。
かなりの量が流れているのに、の意識が遠のくことはなかった。

「……まだ死ねない。つまり、まだ足りないと言う事か。」

は「不完全」であった。
不完全だから人のようにキレイに死に切れない。不完全だから本当のコード保持者のように完璧な不老不死でもない。
人でもコード保持者でもない中途半端な存在。
だから「死」すら不完全。死が歪なのは生が歪だからだ。
完璧な生があれば、自分は完全になれる。

刺激が欲しい。

それがが共犯者たるビスマルクに求めていたもの。たった一つの願い。
喜びでも悲しみでもいい。圧倒的な生の充足が欲しかった。

満たされた感覚の中なら、自分はきっと完璧になれる。
歪つな生を終えて、完全な死を迎えることができるだろう。

キィと部屋の扉が開く。
その音をは忌々しく思う。
最初は可愛かった。怯えて部屋の前から逃げ出していた。それが段々部屋の前で踏みとどまるようになり、次は部屋の中に入って来て、今では――

「……放っておきなさい」

手首に包帯を巻き出すビスマルクには冷たく言い放つ。
その声は低くく普段の明るい口調とも異なっていた。だがその程度のことはビスマルクも慣れたもので、驚きもしない。

「労力の無駄です。どうせすぐに治る。――もっともC.CやV.Vよりは全然遅いですが」

自嘲気味に言い放ったの言葉に耳を貸さず、ビスマルクは治療を施していく。
苛々して彼の手をふり払うが、すぐ腕を掴まれて元の位置に戻る。

「…もうこんな事は止めたらどうだ。

真直ぐにこちらを見てくるビスマルクの視線に、は何故か恐怖を覚えた。
彼の瞳にはかつてあった怯えの色がまるでない。

――これが人か。これが人の成長か。

人は絶えず成長していく。だが自分は?あの頃からどこか変わっただろうか?

打ちのめされた気がして、は彼から目を逸した。




Fin

08.9.15