軍務に追われているらしく、ビスマルクが私室に帰ってこない日が続いた。
だから大丈夫だと思ったのだ。


右手には洋服がつまった紙袋、左手にはゲームセンターの戦利品。
鞄には映画のパンフレットを入れて帰ってくれば、黒いマントを羽織った厳しい顔をした共犯者殿が家の前に立っていた。

「……やっ、やっほー。ビスマルク。帰ってたんだ」

「……大層遅いお帰りだな。

ぎくりとの肩が震える。
嘘とごまかしたが得意なとて実行現場と証拠を押さえれては言い逃れが出来ない。

「ビ、ビスマルク。疲れてるでしょ早く寝た方が…」

「夜に一人で出かけるなとあれ程言っていたはずだ。何故私の言うことが聞けない!?」

下手に出ていただったが何故かその言葉に無性に腹が立った。

「…ビスマルク。貴方いつからそんな嫌な口調になったのかしら…。私だって子供じゃない。上から目線で言うのはやめて!!」

そう言い放つとは帰って来て早々。再び外へ出て行ってしまった。


※※※※


「…と言うことがありまして、それから三日の姿が見えないのです」

V.V.は朝早くにビスマルクに面会を申し込まれて席を用意した。
ナイトオブラウンズの中で特に弟の信頼を得ている男。
しかしその男が話す内容はV.V.に取っては予想外のものだった。

「…私が仕事で家をでている間も帰って来た形跡がまったくなく、持たせているカードも使われている様子がありません。あれが何処に行ったのか…V.V.様お心あたりはないでしょうか?」

喋りながらビスマルクはしばらく会っていない相棒の顔を思い出す。
の口調がくるくると変わるところは、彼女の安定していない精神を表しているようで、1人にしておくのは不安だった。
それに彼女は頭は良いのに、自分の事に関しては無頓着なところがある。尚更1人にしておけなかった。

「…あのね。一つ言って良いかな?」

「何でしょうか?」

「まるで思春期の娘を持つ、父親みたいだよ。ビスマルク」

それが彼のすべての話を聞き終えてのV.V.の感想だった。

「………」

ビスマルクは落ち込んだ。
子供どころか、妻帯すらしていないのにそれはないんじゃないのかと思う。
その時、部屋の扉が微かに軋む音がした。

「?」

ビスマルクは不審に思って後ろを向くがそこには特に変わったところはない。
V.V.は何か悟ったように小さくため息をついた。




一方。

は知己であるC.C.の住家――つまり彼女の実家とも言えるギアス教団に身を寄せていた。

小煩い共犯者と離れて晴れて自由の身となっただが、いまいち毎日楽しくない。
これならよっぽども、ビスマルクの元で彼をナイトオブワンにするために裏で画策してる方が楽しかった。

「…帰らなくて良いのか。

教主として仕事をしているC.Cが話かけてくる。

「…帰らない。――せっかくの機会、色々サボらないと損だし」

は自分でも動揺する程、ビスマルクの言葉を腹正しく思っていた。
彼だけには子供扱いをされたくないという思いが強い。
そしてその怒りには、自分の成長しない外見へのコンプレックスがあるのだとは自分でも気付いていた。

「此所にいてもつまらないと思ってるくせに」

軽く鼻で笑うC.Cにムッとして反論しようとした時、部屋の扉が開いた。

部屋に入って来たのはナイトオブシックス――マリアンヌだった。
彼女は扉を閉めると突然その場にしゃがみこんだ。

何ごとかととC.Cが駆け寄るが、マリアンヌは腹を抱えて――爆笑していた。

「……あはは……だめ面白すぎる…ッ!」

「「??」」

とC.C.は訳が分からず顔を見合わせた。



※※※※



さすがに一週間も教団にいれば飽きて来る。
その日は夜の街に繰り出していた。
ほどほどに遊んでそろそろ帰ろうとした時に運悪くその集団に捕まった。一目でガラが悪いとわかる集団。
何も自分を標的にしなくても良いだろうに…腕を掴まれながら嘆息すると、相手の仲間もそう思ったらしい。

「…おい。歳が下すぎねぇ?」

「バァーカ。それで良いんだよ〜。普通の女なんてつまんねぇじゃん。ガキの方が面白い。狭いあそこを血まみれにして犯すなんて、ちょっとやってみたいだろう?」

そう言ったのは恐らく集団のリーダー格。
はその言葉を聞いて諦めた。人通りのない道。しかも夜ともなればいっそう人が来ない場所。
これはもう犬に噛まれたとして諦めるしかない。こちらは一応不老不死なので、最悪死ぬこともない。
でも痛いのは嫌だなぁとぼんやり思っていると、異変が起きた。
男達が次々と投げ飛ばされている。

「な!?」

早すぎて何が起こっているのかわからないまま、に不埒な事をしようとした者達は地面に沈んだ。

「……こういう輩とは戦場で会いたいものだな。戦場ならば跡形もなく切り刻んでやるものを」

息も乱さす十数人に当て身を食らわせたビスマルクは吐き捨てるように言った。
そしてつかつかとの前に来ると、眦を上げた。

「だから夜に一人で出歩くなと言っただろう!女なんだぞ?何かあったらどうする!?」

そう怒鳴るビスマルクにいつもなら「そんな物好きはいない」と返すだったが、たった今その物好きに会った所なので返す言葉がない。

「…それにお前は一つ間違えている」

彼の言葉にはきょとんとする。

「――私の喋り方は昔から変わらない」

あっ、とは間抜けな声をあげた。
そういえばビスマルクの口調は軍人のそれで、初めて会った時からまるで変わっていない。
ようは言葉を受け取るの方が、勝手に受け取り方を変えてしまったのだ。
それに彼はが子供だからという理由ではなく、女だから叱ったのだ。
そうわかれば、もう怒りはない。

「…帰るぞ」

くるっと背を向けて歩き出したビスマルクには慌ててついていく。

「ねぇ!どうしてこんなにいたの?」

「お前の行きそうな所で、お前を探してたからに決まっている」

あぁ、やっぱり。とは思う。
街灯にうっすら照らされたビスマルクの目の下には微かに隈が見える。
きっと毎夜仕事が終わった後に、を探しに出かけていたのだろう。
悪いことをした。は素直にそう思った。
彼女の心情を見透かしたように、ビスマルクが言う。

「もう一人で夜に出掛けるな。心配で胃がおかしくなる」

「…なんか私の父親みたいね」

そう言うとビスマルクは何かを思い出したように、心底複雑そうな顔をした。

「だったらビスマルク!私が夜出掛ける時は一緒に行ってくれる?」

「あぁ」

「下着屋でも?」

「……あぁ」

「…冗談だよ」

本当は生真面目なビスマルクが面白くて黙っていよう思ったが、可哀相になったのですぐにバラしてやる。
ビスマルクはあからさまにホッとした。
その様子があまりにもわかりやすくて、はくすっと笑った。

少し前まで退屈していたのが嘘のように、の心は弾んでいた。




FIn

08.9.28