こちらから近付こうとすればするほど、は遠ざかっていくようだ。


ビスマルクは目の前に繰り広げられた光景を信じられない思いで見た。

!!」

国境での隣国との小競り合い。
ナイトオブラウンズの一人であるビスマルクも戦場に出ていた。
規模からすれば小さいと言っても実際の戦場は熾烈で、いくつもの死が当然のように転がっている。
そんな激しいKMF戦の中、小柄でか細い少女がふらりと現われる。
そしてその少女が交戦中の敵の武器に貫かれて、体が宙に舞った。

「――っ!!」

咄嗟にビスマルクはその体を自分の機体の手のひらで受け止め、残った手で素早く辺りの敵を切伏せた。
彼は敵の機体が完璧に活動停止したのを見届けると、焦った様子でコックピットを出た。

「無事か。!?」

出血は多く傷は酷かった。
不死の力で治り始めているようだが、は荒い息をついている。
止血をしながらビスマルクが怒る。

「…何故こんな真似を…!?」

「確かめてみたいと思ったのよ」

「何?」

ビスマルクは眉をひそめる。
は手当てする彼の手を止めた。

「私が私だけを殺せる。それって本当かなぁ?だって私何度も試しているけど死ねないし。…だから思ったの。本当は私だけが私を殺せるんじゃなくて逆に他人だけが私を殺せるんじゃないかと思って――試してみた」

の言葉を聞いてビスマルクは自分が甘かったと気付いた。
最近は手首を切ることもなくなって、彼女の精神は安定していると思っていた。
だから戦場についていくという彼女の希望をしぶしぶなから承諾してしまったのだ。

「――そんなに死にたいのか」

「違うわ。わかっているくせに」

厳しい表情で鋭くビスマルクが問えば同じ鋭さで返事が返って来る。
ビスマルクは無言のまま手当てを終えると、立ち上がった。

「――契約を破棄しよう。

「えっ?」

流石にビスマルクのその言葉は予想していなかったのか、の顔が一瞬呆ける。

「武人としてお前のように自分の死を冒涜している者と一緒にいることは出来ん」

ビスマルクは真直ぐにを見つめてはっきりと言い切った。

「…わかったわ。けど」

は怪我の痛みなど忘れたように、能面のような無表情さで言葉を繋ぐ。

「私はC.C.やV.V.のように不特定多数にギアスを与えることは出来ない。契約者にだけしか与えられるギアスしか持っていないから、悪いけど貴方のギアスは返してもらうわよ」

「あぁ」

「…屈んで」

ビスマルクは片膝をついて目線をの身長に合わせる。
「目を閉じて」指示された通りにすれば、そっと左の瞼の上にの手が置かれる。

「さようなら。ビスマルク」

目の奥がカッと燃え上がるように熱くなったと思えば、それもすぐに治まった。

――貴方のナイトオブワンになった姿見たかったわ。

ビスマルクが目を開けた時には、彼女はもうその場から消えていた。



※※



は湖のそばの芝生に寝転がっていた。すると影が近寄って来ての顔を覗き込んだ。

「こんな所にいたのか。家出少女」

そういってC.C.はの隣りに同じように寝転んだ。

「捻りのない奴等だな。ついこの間も家出したばかりだろうに」

「…だから。今度は契約破棄だって。私捨てられちゃったんだよ。…もう!何回説明させる気?」

「そうだったか?」

C.C.はさして気にしてないように飄々と答える。

「で?どうするんだ、これから」

「…まぁ、新しい契約者を見つけるまで教団の子供たちの面倒でもみるよ」

「――最近お前の元契約者殿はナイトオブツーと親しいようだぞ」

「……」

「ツーはナイトオブファイブに近付けさせないようにお前が苦労していた男だろう。良いのか?」

は答えず、ただ青色の空を見た。




※※※

帰宅して思わず「ただいま」と開きそうになった口を閉じる。もう何度目かになる仕草にため息がでる。
帰っても誰もいない私邸に寂寥を覚えるのは、10年近く一緒に暮らしていた彼女が突然いなくなったのだから当然なのだろう。
一ヶ月前まで帰って来た途端じゃれついてきた少女。せめて怪我が完治するまで契約破棄などと言わなければ良かったのだ。
そんなことも考えられないほどあの時の自分は平静さを欠いていたのだろう。
胸の中にまるで穴が空いたような喪失感を覚えながら、なんとなしにの部屋の方に足が向く。
もう誰にも使われることはないだろう一室。
そのドアを開けば、――今まさに考えていた人物がいた。

!」

窓辺に立つ彼女の白い肌は月の光を受けている。

「気をつけて」

無表情でそう言う彼女は、その端整な顔立ちとあいまって人形めいた美しさがある。

「きっと、そろそろ始まる。命が大切だと言うのなら貴方は武器を持って出歩くことね」

何のことを言っているのか。ビスマルクが追求しようとする前にが笑った。

「それだけ。――じゃあね」

言うだけ言って彼女は後ろを向いて窓の外に身を投げ出した。
その光景に弾かれたようにビスマルクは動いたが、窓の下にはすでに彼女の姿はなかった。
ビスマルクは唇を噛んだ。
彼女の言葉の意味も気になったが、何よりも彼女が浮かべた笑顔が網膜に焼き付いて離れない。

今にも泣き出して、壊れてしまいそうな美しい笑みが。


※※



の言葉の意味を悟るまでさして時間を要さなかった。
皇歴1997年。それはブリタニアニの歴史に刻まれる、血の紋章事件が起こった日。



「……っ」

ビスマルクは負傷した右足を引きずりながら主君がいる皇宮に向かっていた。
思うように動かない足に苛立っていると上空から嫌な音がした。

「なんてことだ…!」

空にいたのは無数のKMF。それも数機は見覚えのある――同僚のラウンズのものだ。
それがブリタニア皇宮を攻撃しようとしている。

「ビスマルク!!」

ビスマルクが来た反対側からマリアンヌが走って来ていた。
彼女が肩を負傷しているのに若干驚きながら叫ぶ。

「私はKMFで出て外側を守る!シックスは陛下の側へ!!」

「わかったわ!」

お互いに怪我を気遣う暇もないまま目的地に向かう。
やっと自分の機体に辿りついてコックピットに乗り込んだ。
刺された足が痛んでビスマルクは微かに呻いた。
信頼していたナイトオブツーに居合いの練習試合を申し込まれ、負わされた傷。
試合が終わってビスマルクが剣を放した瞬間、ナイトオブツーとその部下に襲撃された。
少女に言われて懐に隠し持っていたブラスターと短剣がなければ今頃どうなっていたことか。
ナイトオブツーの鋭く執拗な剣筋。意外なほど彼に憎まれていたことをビスマルクはその時初めて知ったのだった。

KMFで出ればすぐに反逆者に取り囲まれた。
ビスマルクは容赦なく敵となった帝国のKMFを斬り捨てて行く。
しかし一体何人がこのクーデターにくみしているのか。斬っても斬ってもきりがない。
残りのエネルギーの残量をチラリと確認した瞬間、ガクンと後ろから強い衝撃を受けた。
それはかつて隣で戦って来た戦友のナイトメアフレーム。
ビスマルクはかっとなった。

「愚かな…!栄誉あるナイトオブラウンズに名を連れながら反逆とは…!!」

怒りに燃えながら振り向きざまに斬りつける。激しい鍔迫り合いに火花が散る。
対峙していると視界の端にもう一機――忌々しくも見覚えのあるラウンズの機体が見えて、咄嗟に上空に避難する。
だがその上空にも供に戦場を駆けた機体があった。
絶妙にビスマルクの動きを読んだ槍先が迫る。
さしものビスマルクも完璧には避けきれず、機体の左腕を破壊された。
衝撃に耐えながら、彼は己の絶対的不利を悟った。

ナイトオブラウンズが3人…

騎士として自分と勝るとも劣らない実力を持った3人。
それと供に彼らの部隊を相手にしなければならない。
ビスマルクはこの絶望的な状況を打破する策を必死に考えた。

――せめて、ギアスがあれば・・・

そう考えた自分に激しい苛立ちを覚えた。
騎士として武人として自分の実力以外のものを頼るなどとは許すまじきことだ。
そして自嘲する。いつの間にか彼女の力に頼っていたのかと。
だが状況は確かに奇跡でも起こらなければ勝目がない。
ビスマルクは一斉にこちらに向かって来たラウンズの三機に、生存本能的な恐怖を覚えた。

――ここで終わりか…!

その瞬間。左目の奥が急に疼いた。
視神経を焼くような激しい熱。

自分に何が起こったのか把握する前に、体は勝手に動いていた。
振り下ろされる前に敵の機体の手元から剣を弾き、コックピットを貫く。
その機体の爆発に紛れて、銃で狙いを定めていたKMFに襲いかかる。
放たれた銃撃を軽々と躱し、二機目のラウンズを倒す。
そして視界の左下に槍先が見えた気がして、ビスマルクは咄嗟に避ける。
死角からの攻撃をあっさりと躱したことによって敵も、ビスマルク自身も唖然とする

ビスマルクは左目を押さえる。

――見えている…!?

何故と疑問が浮かぶが、驚きに身を浸す暇はない。虚をつかれている敵の隙をついて一気に懐に攻め込む。
敵が迎撃の態勢を取る前に、ビスマルクは機体を両断した。
その時チラリと下に見知った少女の姿が見えた気がした。

最大限にギアスを使い戦場を駆けると、やがてあたりが静けさを取り戻した。
ただ一つ上空に残ったビスマルクの機体は戦闘を終えると、KMFが散らばる地上に降り立った。

「良かったね。陛下は助かったみたいだよ」

「そうか」

コックピットから降り立た途端かけられた言葉にビスマルクは動じることなく答える。
そして何処からともなく現われた少女の前に立つと、真直ぐに問い掛けた。

「――何故だ?」

短い直接的なビスマルクの言葉でも、には意味がわかったらしく笑いながら答えた。

「さぁ?あいにくと私は半端なコード持ちだから封印も満足に出来なかっただけじゃないかな」

「嘘だ」

ビスマルクはきっぱりと否定した。
から笑みが消えて、不満げな表情が浮かんだ。

「…可愛くないなぁ、ビスマルク。昔は何でも私のいうことを信じてくれたのに」

「お前が嘘ばかりつくからだ」

「……むぅ…ビスマルクのくせに…」

久し振りの会話。の子供っぽい言葉にビスマルクはふっと肩の力が抜けるのを感じた。

「…一緒に帰るか?」

「…いいの?」

「私はお前に間違ったことを言ったとは思ってはいないし、お前の言葉は許せない。だが離れている間、私はお前が心配でならなかった」

「…私もビスマルクが心配だったよ」

「やっと本音を言ったな」

素直なのは良いことだ。そう言ってビスマルクはの頭を撫でた。

「…む…ビスマルクのくせに生意気な……」

ますますむくれるにビスマルクは声をたてて笑った。




Fin

08.10.12