見掛けたのは偶然だった。
2階の廊下を歩いていたらたまたま下でビスマルクと家政婦の女の子が談笑しているのが見えた。
ナイトオブワン就任と共に陛下より賜下された屋敷は流石に一人で掃除しきれないほど広かった。そのため掃除婦として一人の女の子を雇うことにしたのだ。
その彼女のビスマルクを見る視線、はにかむような微笑みを見てはなるほどと悟ってその場を後にした。
*****
食事中のことである。
皿の上があらかた綺麗になったころ、は切り出した。
「別居しようか。ビスマルク」
ビスマルクは露骨に顔をしかめた。
家出に契約破棄騒動に、別居宣言と続けばそれも当然の反応といえた。
「…別居する必要があるのか?」
「ないけど。逆に同居する必要もないでしょ?契約者だからって四六時中一緒にいる必要もないし。私には適当にここから近い小さな家でもくれればそれで」
「…私と生活するのが煩わしくなったのか?」
「違う違う。それが理由じゃない」
は口元をナプキンで拭うと、さらっと断言した。
「理由は私がここにいると、ビスマルクが女を連れ込めないから」
ビスマルクはくらっとよろけた。
くだらない。なんてくだらない理由だ。
額を押さえながらビスマルクはため息をついた。
「必要ない。私は――」
言葉を続けようとしてビスマルクはハッとした。
ビスマルクは口許を押さえて動揺したがはそれに気付かずに、ばんっっとテーブルを叩いて立ち上がった。
「駄目だ!ビスマルク!男には女が必要だ!!っていうかその歳で女の影がまったく見えないってどういうことなの!?私はずっとビスマルクにどんな女が出来るのか楽しみにしているのに!!」
お前は私の母親か。
ビスマルクが突っ込む隙もなくの熱弁は続く。
「そもそもビスマルクは女への執着が弱すぎる!さらさらとした長い髪。首筋からふわっと薫る甘い馨り。私ですらC.C.やマリアンヌと一緒にいてムラムラして押し倒そうかっなーて思う時があるのに…」
次はばんっっとビスマルクがテーブルを叩いて立ち上がる番だった。
「別居は認めん!!」
「なんで!?」
「お前のように迂闊にとんでもない発言をする奴を外で一人に出来るか」!
「私のどこが!?」
「自覚がないところに問題があるんだ!!」
その後、一晩中二人は机を挟んで白熱の口論を続けたのだった。
その一ヵ月後。掃除婦の女の子はヴァルトシュタインの屋敷を去った。
さらにその一週間後には新しい掃除婦が屋敷にやってきた。
あの恐らくはビスマルクに思いを寄せていた女の子とビスマルクの間に何かあったのか、それとも何もなかったのか、には知る由もなかった。しかしそれ故に以前と変わらぬ平穏な日々をはしばらく送ることが出来たのだった。
そう――あの夜までは。
Fin
08.10.26
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