*クリスマス小説です

    


『お前の誕生日は12月25日だ。』

誕生日は?と聞かれて知らないと答えると、ビスマルクはいきなりそう言い放った。

『どうして?』

『聖歌やキャンドルやツリー、それらが本当は自分の誕生日を祝っていると思えたら得をした気分になるだろう?』

『…ただ、自分の誕生日と日にちが近い方が覚えやすいから25日って言ってるでしょ?ビスマルク』

そう反論するとビスマルクは少し気まずそうに頭をかいて

『……まぁ、そうだ』
と白状した。

それが生まれて初めて、少女に誕生日が出来た日だ。


☆★☆

パタンとは携帯電話を閉じた。
『今年は間に合いそうにない。』そのメールが最後で、新しいメールは届きそうにないようだ。

「今年は無理かな…」

食卓にはタンドリーチキンとビスマルクと少女の好物が並んでいる。少女には見慣れた――もしかしたらビスマルクにとっては見飽きた――クリスマス恒例の風景である。
ビスマルクの誕生日の23日か、の誕生日の25日、もしくは間を取って24日にお互いの誕生日とクリスマスを祝うのが毎年の決まりだ。
だが今年はビスマルクが多忙でとうとう最後の25日も一緒に祝えそうにないというのがさっきメールの内容だ。
は諦めて料理にラップをかける。ケーキの方はとっくに冷蔵庫で眠っている。
ふと窓を見ると雪が降っていた。
――せっかくのホワイトクリスマスなのに、ちょっと残念かな。
まるで子供のような自分の考えに、はくすっと笑った。
彼女は膝掛けを持ってきてロッキングチェアに座った。
闇夜に降る雪を眺める。
どこまでも静かな風景に、部屋の暖かさも手伝って少女の意識は段々とまどろんでいった。

――が、突然後頭部に謎の衝撃を受けて少女の安眠は妨げられた。
重くも痛くもないが、小さくて軽いものがバラバラと大量に上から降って来る。
ぎょっと目を覚まして、まず目に飛び込んで来たのはカラフルな色彩。
指でつまんでみるとそれはキャンディーだった。
他にもキャメルやチョコレート、中には可愛らしい小さな生花も混ざっている。それらが大量に――下手をするとロッキングチェアが埋まるくらい――落ちて来る。

「…間に合ったな」

落下が終わるまでに、それほど時間はかからなかった。
見上げると腕時計をみているビスマルクが傍らにいた。

「ちょ、ビスマルク。これ何?」
「プレゼントだ。」
「だからって、こんな風に渡さなくても…」
「こういうのは当日中に渡した方が良いだろう?」

ビスマルクは腕時計を少女に見せるようにして、時計盤をコツコツと指で叩く。時刻は25日の23:58をさしている。
だからと言って、心臓に悪すぎる!
文句を言おうとした少女はビスマルクの様子に気付いて口をつぐむ。

「ビスマルク。なんで汗かいてるの?」
「走ってきたからな」

そう言ってビスマルクは髪をかきあげた。頬と額に汗が数滴浮いている。
どうやら少女は知らぬ所で帝国最強の騎士を走らせてしまったらしい。
怒る気をまったく無くして、少女は溜め息をいて席を立つ。
彼女は腰に手をあてて仁王立ちになる。

「プレゼント嬉しいよ。お礼はまた後でね。――とにかく、君は早くお風呂!祝うのはその後。食事を温めて待ってるから。ささっと体暖めて。風邪引くよ!」

少女はビスマルクの背を押して彼を追い出した。

そして椅子から落ちた菓子や花を拾う。

「…とうとうネタ切れって感じね」

いかにも「女の子が好きそうなものの詰め合わせ」を見ては苦笑する
ビスマルクは元々人へのプレゼントを考えるのが得意ではないらしく、一か月前から人知れず真剣な顔をして考えている。もしかしたらの誕生日をクリスマスにしたのはクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントを一緒にしたかったからかもしれないと今にしては思う。

それにしても

――なんでホワイトクリスマスに汗なんてかいてんだろ。あの人。
それにビスマルクが汗をかいているところなんて初めて見たかもしれない。なんだかおかしい。一度そう思うと笑いがこみあげてきてしまう。悪いかなと思って堪えようとしたけど無理で、結局噴出してしまう。
ちょっとだけ上機嫌になった少女は温め終わった料理に手を加える。自分の皿に取り分けた料理を、そっと少しビスマルクの皿に移す。
ラタトゥユはビスマルクの好きな料理なのだ。



ビスマルクが風呂から戻ると、食卓はいつものクリスマスの様子を呈していた。
少女がにこにこ笑っている。何故かはわからないが機嫌が良いようだ。

「いつもと変わらない料理で悪いね。……それもこれも食べる人間が同じだからいけないんだ。人間の好物なんてそうそう変わるわけないんだから」


機嫌が良かったのが一転、文句に変わる。
何が彼女の機嫌を左右するのか長い付き合いであるビスマルクにも今一つわからない。

「…私はこれからもこのまま変わらなくて構わないが」

「馬鹿。この現状なんかて満足してるから恋人が出来ないの!一緒に過ごす人が変わればクリスマスに食べる料理も変わるよ!…っていうかいい年した独身の男がなんで今年も自宅でしみったれたクリスマスしてる訳だ?というか我ながらこの台詞何回目?ビスマルク早くしないと本当に嫁遅れるよ!?」

その言葉についこの間飲み込んだはずの、自分の思考が口に付いてしまいそうになる。

――必要ない。私はお前がいればそれで良い。

そう考えてしまう自分にビスマルクは溜め息をついた。
これはやはり……そういうことなのだろう。
まだ文句を垂れる少女の前に、ビスマルクはワインボトルを置く。
は言葉を止めてばあぁっと瞳を輝かせる。
高級ロゼワイン。
滅多に食卓にあがらないそれはの好物中の好物であり、もう一つの――どちらかといえばこちらの方が本命の――ビスマルクからへの誕生日プレゼントである。

見るからにうきうきしているに苦笑しながらビスマルクはワインのコルクを開ける。

――彼女に伝えたい言葉がある。

けれどまだ言えない。
まだ自分も心の整理がついていないし、決意も足りない。
そう言い訳して先延ばす自分を情けないと思いながら、ビスマルクは別の言葉を口にした。

「メリークリスマス。そして誕生日おめでとう。。お前の生まれた日を誰よりも祝う」





Fin

08.12.31