空は雲一つなく晴れ渡っている。
これぞ行楽日和という日。二人はまさしく行楽の代表的なスポットに訪れていた。

「しかしまさかまさか、ビスマルクが遊園地に連れて行ってくれるなんて思わなかったなぁ」
「行きたいと言ったのはお前だろう」

そうは言っても、ビスマルクにそう伝えたのは随分昔の話だ。
彼が覚えていたことには少し驚いて、彼を見上げる。
彼は遊園地に入った最初はそわそわと落ち着かぬ様子だったが「誰もナイトオブワンがこんな所にいるとは思わないから、人目なんて気にしなくても良いって」と言うの言葉に納得したようで、今は落ち着いている。

「ねぇ。今のコースターどうだった?」
「子供騙しだな」
「そりゃあ子供向けだからね。…ビスマルク。遊園地楽しい?」
「初めてだからな。こういう所なのかと、もの物珍しくて面白い。」
「こんにゃくを踏んだのも初めてで面白かった?」

悪戯っぽく言うと、ビスマルクはむっとした。
二人がホラーハウスに入ったのは少し前のことである。
内容的にはやはり子供向けで、それほど過激なものではない。
しかしジェットコースターでは眉一つ動かさなかったビスマルクも、こんにゃくを踏まされたのは存外驚いたらしい。
ビスマルク曰く「人の気配は読めるが、こんにゃくの気配は読めない」――。
よって、こんにゃくを踏んだ後のビスマルクはホラーハウスをやたら警戒して、ただならぬ気迫にゾンビ達の方が怯えてしまった。
そのおかげでと言うのは変な話だが、後半はまったくゾンビとは会わずに、いやに静まり返ったホラーハウスを歩くことになってしまった。(にとってはこちらの方がうすら寒かった)

いくつかアトラクションを周ると、小休憩とばかりに2人はベンチに座った
――と思いきや、すぐにビスマルクが席を立った。

「飲み物を買ってくるが」
「じゃあ私、ウーロンよろしく」
「あぁ」

一人になったはぺろりとソフトクリームを舐める。
まさかビスマルクと一緒に遊園地に来る日が来ようとは。
意外性ばっちりなチョイスである。
またマリアンヌに話をしたら爆笑するだろう。もしかしたら転げまわってバシバシと床を叩くかもしれない。
は周りを見渡す。
実は遊園地に来たのは初めてではない。C.C.を引っ張り出して訪れたことはある。
しかし物臭なC.C.は混雑する休日を酷く嫌がったため、前回は人の少ない平日に来たのだ。
だから休日というのはこんなに人が訪れるものなのだなとは驚いていた。
家族連れに、中睦まじい恋人達、楽しげにつるんでいる友達のグループ。
は熱のない眼差しで行き交う人々を見ていた。
私も、もし普通の人間だったら、あるいは彼の――。

「遅いな…」

ビスマルクが買い物に行ってからしばらくたつが、彼が帰ってくる様子がない。
は食べ終わったアイスクリームのゴミを捨ててビスマルクを探したが、すぐに彼を見つけることが出来た。
自動販売機の前に立ってものすごく真剣に自動販売機を見ている。近付きながらまさかと思って、口を開く。

「…自動販売機で買うの初めてとか言わないよね?」
「機械の仕組みはわかる。硬貨を入れてボタンを押すのだろう?」
「(初めてなのは否定しないんだ…)じゃあなんで固まってんの?」
「これが…」

ビスマルクが指差したのは、販売機についているルーレットだ。
ホラーハウスでも感じたことだが、この遊園地は「レトロ」さも売りの一つのようだ。
は簡単に説明した。

「これはルーレットの二つの点滅が重なった瞬間にボタンを押すと、もう一本缶が貰えるおまけゲームだよ」
「なるほど」
「ってことでビスマルク。君の無駄に良い動体視力でもう一本ゲットだ」
「任せろ」

ビスマルクは自信ありげにふっと笑う。
2人には勝算があった。機械の点滅は等間隔だ。
ナイトオブワンにかかればタイミングを計るにはあまりに容易い。
ビスマルクが硬貨をいれる。
ルーレットの中で二つの点滅が逆方向に回り出す。
騎士の瞳がカッと鋭く光った。
――――。

「……2本どころか、たくさん出て来たが…」
「大当たりとかじゃない、よね。やっぱ」

ほどなく警報が鳴って警備員が向かってくる。
は大きく息を吐くと額を押さえた。

「力強すぎだってビスマルク…」




結局タダで缶ジュース一本ゲットするどころか、販売機一個を弁償してしまった。
本当はビスマルクの正体を明かせば何もなかったことに出来たが、ビスマルクは権力を振りかざすことを好む男ではない。
何よりナイトオブワンが販売機を破壊というのはいかにも外聞が悪すぎるので、素直に支払わざるをえなかったとも言える。
そうこうしているうちに日もとうに暮れた。夜闇の中、遊園地はきらびやかなイルミネーションで彩られている。
はうきうきしながら観覧車へ彼を連れて行った。
観覧車は2人を乗せてゆっくりと動き出す。

「やっぱり観覧車に乗るなら夜だよね!」

まるでミニチュアの世界のような遊園地を見下ろして、楽しげにが言った。

「高いねぇ」
「あぁ」
「綺麗だよね」
「あぁ…」

ビスマルクがずっとこちらを見ている。
気付いていながらは彼と目を合わせることなく、ずっと外の夜景を眺めていた。
やがてゴンドラは地上に降りて行く。
2人は無言でゴンドラを降りた。
しばらく歩く。
そしてふいにビスマルクが足を止めた。
時刻は閉園間近。
2人がいる道は入口ゲートから遠く離れているせいか人気が無い。

「答えを聞かせて欲しい」

は彼の方を振り返らず、冷ややかに返した。

「本気?」

「そんなことは、あの時からわかっていたのだろう?本当は」

クスッとが笑う。
彼女は冷ややかさを一転させて茶目っ気たっぷりに言った。

「ロリコンって呼ばれる覚悟はある訳だ?」

「……私はお前が好きなだけで幼女が好きと言う訳ではないが…周りになんと言われても構わないと思っている」

と言ってもの存在を知っているのはごく僅かしかいないが。

「そう」

ビスマルクの答えを聞くと、は下を向いた。
その顔はいつもの飄々としたものではなく、彼女の素の戸惑いが表れていた。
どうすれば良いのだろう?
本当に答えなければいけないだろうか?彼を傷つけるとわかっているのに。
けれど。
何度考えても自分の考えは変わることなどない――。
は深く息を吐いて、顔を上げた。

「ビスマルクのことは好きだよ。この世界で一番。でも、愛してはいない」

「…そうか」

ビスマルクは静かに答えながらも落胆を隠し切れない。
その様子には怒りを覚えた。
そんなことは聞かずとも本当はわかっていたはず。
落ち込むだったら何故聞いた。何故言葉にして言った。

「ビスマルク。私は怒っている」

ビスマルクは戸惑ったように瞳を揺らした。
は責める様に彼を睨む。

「仮に、私が君の想いを受けいれたとして何が変わる?何も変わらないじゃないか。すでに同じ家で一緒に暮らして側にいる。それとも私を抱きたくなったから、そんなこと言ったの?」

この発言にはさすがにビスマルクも気分を害したようで、ぴくりと眉が反応した。

「馬鹿にするな。私はそんな即物的な理由で…」

ビスマルクが怒っている。けれどの苛立ちも止らない。苛々とした気持ちがあふれ出す。

「はっ!即物的な理由以外何を信じろって言うの。愛なんて錯覚なのに」

!!」

ビスマルクがの腕を引いた。
彼が腰をかがめて、無理矢理と視線合わせた。

「もう一度言おう。私はお前を愛している」

まっすぐにを見る錆色の瞳。
その真摯さに、真っ直ぐ差に射抜かれたようには動けなくなった。
の顔が青褪める。
目を見開いて「どうして…」と呟く声はあまりに小さかった。

「どうして…どうして貴方は昔、私にそんな興味は欠片もなかった。…なかったものがどうして生まれるの?…何故、人は変化しようとする?どうしてそんな…厄介な感情を持ってしまったの?錯覚ですらない厄介なものを!!」

自分の言葉に煽られるように、の声が段々と大きくなっていく。

「君は…君は私に近付いてどうしたい?私を犯したいのか?私を侵して…君のものにして。私を君の中に取り込むの?そうやって私を破壊するつもり!?」

最後のそれはもはや叫び。
吐き出してしまうとをぞっとするほどの恐怖が襲った。

怖い。

人の好意がこんなにも恐ろしいものだったなんて知らなかった。

悪意には同じく悪意で返せば良い。しかし好意は。同じ好意では返せない相手からの好意はどうしたら良いのだ。

自分にまっすぐ向けられる好意がとても恐ろしい。
自分に近付いて、もっともっと近付いてこようとするその意思がわからない。
近付いて隙あらば、相手を自分のものにしようとする。強い好意は暴力だ。
人が境界線を越えて、他人と同化しようとする野蛮な感情。
は悲鳴をあげた。

「私に近付かないで!!」

はかつてないほど混乱していた。
彼がどうして自分のような不完全で歪な存在にそんな感情を向けるのかわからない。
必要以上に近付けばお互いが傷つくなんてわかりきっているのに。明日から自分と彼はどうなってしまうのか。彼と契約を解消しようと言われた時以上には恐怖を覚えた。
――わからないっ!!
は顔を覆って、膝をついた。
頭がどうにかなってしまいそうで、胸が張り裂けてしまいそうだった。

「――すまない」

そっと、同じく膝をついたビスマルクに抱き締められた。
びくっとの肩が震える。
ビスマルクの声は苦しげで痛みが滲み出ていた。

「お前を苦しめたかった訳では無い。追いつめたかった訳でもないのだ」

はビスマルクの腕の中でもがく。

「いや…来ないで…来ないで…!」

腕を突っ撥ねてはビスマルクを拒絶する。
ビスマルクはその抵抗ごとを抱き締めて、耳元に囁く。

「何も変わらない。お前と私はずっと以前のままだ。お前はこれまでも、これからも頼りになる私のパートナーだ」

ビスマルクはを放すと、ふっと笑う。
そしての頭を軽く撫でた。いつもとまったく同じように。
は恐る恐るビスマルクの上着の端を掴む。

「ビスマルク…ビスマルク…」

は泣きそうな顔で、震える声で何度も彼の名を呼ぶ。
その度にビスマルクは「大丈夫だ」と安心させるように穏やかな表情で答える。
けれどはいつまでたっても彼の上着を掴んでいた。
彼の想いに答えられないのに、は彼を放す事が出来なかった。






Fin

09.3.1