暖かい風が吹き始めた夜だった。
夜に1人で出歩くのをビスマルクに禁じられていたため、その日は仕事帰りのビスマルクを連れ出して近くを散歩していた。
散歩も終えてそろそろ帰ろうかという時だった。

「お前が好きだ」

あまりに唐突に言われた言葉。
は絶句した。
そして次の瞬間心配のあまり彼の襟首を掴んだ。

「熱でもあるの。ビスマルク!?」

「――……」

「ああっ!!それとも何かの罰ゲーム?誰よ。そんな馬鹿なことビスマルクにやらせた奴は―!馬鹿はからかって良いけど、ピュアな馬鹿はからかっちゃいけないってのが世間一杯の常識でしょー!!」

「――……。」

ビスマルクはその返事にがっくりと項垂れた。
額を押さえながら、脱力してその場にしゃがみこむ。
これにはが驚いた。「大丈夫!?」と慌てて彼の肩に触れるとその手を捕まれた。
真摯なビスマルクの瞳がを射抜く。

「…。私は本気だ」







という顛末を話すと、マリアンヌが好奇心に目を輝かせて身を乗り出して来た。

「それでそれで、返事は?」

「はっ?」

がぽちゃんと紅茶に砂糖を放り込みながら怪訝な顔をすると、もどかしそうにマリアンヌが催促する。

「だから!あんたはビスマルクになんて返したの?」

「…………」

「…………」

「……あぁ!"ありがとう"って言った気がする」

マリアンヌの笑いが弾けた。

「あはは!あの朴念仁が頑張って空気読んでそれっぽい場面で告白したのに『熱でもあるの』って言った上に『ありがとう』って、ひぃ…ひっははは!」

とても来月には皇妃になるとは思えない遠慮のない爆笑で、マリアンヌは目尻に涙をため腹を押さえる。
隣りで優雅に紅茶を啜っていたC.C.は彼女を注意する。

「そう笑うなマリアンヌ。これ以上ナイトオブワンの不憫さに拍車をかけるんじゃない」

実はマリアンヌの爆笑より、よっぽど酷いことを言いながら、C.C.はに向き直った。

。それはナイトオブワンがお前に誠意を持って伝えた言葉だ。お前もそんな茶を濁すような言葉では無く、ちゃんと考えて答えてやれ。ビスマルクとしっかり向き合ってな」

「……別にふざけて言った訳では無いけど」

「「はっ?」」

「『熱でもあるの?』って奴。愛や恋なんて一時の発熱。風邪みたいなものでしょう?生物学的にみても錯覚だって本で読んだことがあるし」

こと恋愛に関しては百戦錬磨。華々しい経歴を持つマリアンヌとC.C.は顔を見合わせた。
二人は同じ人物の顔を思い浮かべては、同じ事をしみじみと思った。
――不憫だ…。





その後一見何も変わらないまま、あれから半月の月日が流れていた。
ビスマルクももあの夜のことに触れないまま、他愛もない会話を交わしている。
だが、ある時食事の片付けをしていると後ろから声を掛けられた。

「今週の日曜空いているか?」

その一言には緊張した。否、実はあの夜からずっと心はどこか強張っていたが――。
ついに来たかという思いで、はこくりと頷いたのだった。



<後編>に続く


09.2.22