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青に沈む。
駅前には家路に着こうとしている人々が、群をなしている。
それから少し離れた道に、卑弥呼は居る。
久方ぶりのオフ。彼女は買い物に出かけていた。衣服は先程買ったばかりの黒いロングコートを纏っている。気分は悪くない。
立ち並ぶビルに切り取られた空は、青。
時刻はちょうど落日の頃だが、今日は茜に染まらないらしい。
澄みきった揺らめく海の表面の色から、深海のディープブルーへ。
彩度を落とした空が、街を包んでいく。
その空の色と相反する警戒色。
ぼんやりと光る信号に、卑弥呼は足を止めた。
待っている間。
注意を引きつけられるのは、目の前を忙しなく通り過ぎていく車ではない。
歩道を挟んで向かい側。四角い鞄を持ったサラリーマンも、ヒールを履いたOLも、卑弥呼と同じように上空を見上げている。
狭い空を埋め尽くすかのように、異常繁殖した鳥が集まってくる。
生物的な本能が、不安を覚える。
胸がざわざわと、騒ぐ。
信号が青に変わる。
白と灰のしま模様の道を渡っている間も、背後で翼が増えている気配がする。
歩道を渡りきる。
すると、無数の羽ばたきが頭上を通り過ぎた。
幾重にも幾重にも、重なりあった鳴き声。
頭を割らんばかりの。
愛らしく軽やかなはずのそれは、重く耳朶を打って、まるで違うものように響く。
聴覚から始まり、
五感のすべてが支配される。
日常の真ん中から、非日常への跳躍。
直線的なビル、スーツを着た人々、アスファルト。
リアル感をまるで感じない。
青から赤へ。ちかちかと点滅する傍のシグナル。
足下がグラグラする。
それは生を受けてからの、何度めかになる経験。
よく見知った景色が、まるで知らない場所になる。
常は聞こえぬ程、小さな声が大きくなる。
此処は何処で、私は誰で。
私は何故、立っているのだろう。
この灰色の堅い地面に横になってはいけないと、誰が決めた?
青は進め、赤は止まれ。決めたのは誰?
答えがない。
答えがない。胸の引き出しの何処を開けても。
わかっているのは…
この感覚こそが、本質への契機。目覚めているという事。
こういった感覚を忘れている日常の状態を、頽落と言う事。
それを自分に教えてくれたのは誰だっただろう?
それは…―――
わかる。
「人と動物の違いは何だと思いますか?」
何の話の拍子に、そんな話題になった。
裏の奥まった、誰からも忘れさられたような喫茶店の中で、彼は常と同じように感情を帽子の下に隠して語った。
「ある者は高等知識の有無であると言い。ある者は複雑な情の有無だと主張し、ある者は考えている自我を認識出きる、客観自我の有無あるとしました。」
「そして、――ある者はこう述べた。自我とは何かを考える事が出来るのが人である。存在とは何かを考える事こそが、人に課せられた真の仕事であり、世間的な話題。くだらない遊びなどは二義的なものにすぎない。」
「そう主張した彼は、己と弟子に出きるだけ頽落の時を排除し、存在本質について考えさせる事にした。すると、誰もが必ず直感する事があった。もしかしたら、その共通の認識こそが、人を人としての輪郭をはっきりさせるのではないかと彼は考えた。人が本質を考える時に、誰もが会得する鋭い直感。」
人は、自分は、
「孤独だと」
唐突にクラクションの音が耳に届いた。
足の裏に感じる固い地面。メタリックなビルが無表情に聳え立っている。
もはや、光の届かない海底の色に空は変わっている。
周りは、まるで見知らぬ人々。
一人二人と数を増やして、黙って信号を待つ。そして揃って、歩き出す。
こんなに人はいるのに。
誰も自分を知らない。
たった今、自分が味わった感覚も。
それどころか、目にも入れず…
――あたりまえだ。
追い越す人の流れに逆らって卑弥呼は進む。
それは単なる感傷にすぎない。
そう、分かっていながら。
無性に寂しくて、どうしようもなく不安で。
彼女は、顔なじみの同業者の元へ向かった。
fin

■ □ ■
さぁ、とくと見るが良い。
こんなものを人様に相互記念として差し上げた上に、
屍誕にupする氷野の非常識さを!!
すいません、すいません、すいません、すいません!
誤字盛りだくさんんで死にたくなりました!!!
うひゃー
ごめんなさい。諳无さま!!(土下座)
大好きです諳无さま。これからもよしなにお願いしますvv
氷野マサキ 拝
06.11.4
(加筆07.11.23)
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