|
「やっぱり、彼女には赤だと思うけど?」
クレイマンの穏やかな口調に、蛮と赤屍が否と答える。
「紫だろ」
「黒でしょう」
次ぎにクレイマンが「しかし」と言葉をつなぎ、結局降り出しに戻る。
堂々巡りの展開に、少し離れた場所にすわる卑弥呼はため息をついた。
こうして各々が主張を曲げないまま、場は三時間ほど硬直している。
クレイマン、蛮、赤屍、それに卑弥呼と夏実というかなり変わった面子は、呉服屋というこれまた変わった場所に集まっていた。
ことの始まりは、今年が卑弥呼の成人式だと蛮が思い出したところからであった。
裏社会の人間として生きている卑弥呼に正式な成人式の招待状が来ることは無いが、親友の邪馬人から託された卑弥呼である。レンタルで良い。せめて振袖くらいは着させてやりたかった。
蛮は資金作りから始めることにした。だがしかし、そこは万年金運の神様に見捨てられ続けている男である。
成人式前日になって、ようやっと着物レンタルギリギリの最低ラインの資金を確保した途端、その札束は些細なことで羽をはやして遠くへ消えてしまったのである。
もうどうにも一人では目的を達成出来ないと悟った蛮は、成人式前夜に急遽有志を募った。
それに応えて集まったのがクレイマンと赤屍である。快く振袖の援助を引き受けた2人は、成人式当日の朝早くに呉服屋にかけつけることも厭わなかった。
しかしそれが三つ巴戦のきっかけとなった。
三人が三人とも、卑弥呼に似合う振袖の柄を選んで一歩も引かないのである。
「――彼女には情熱的な赤が良く似合う。まさか高度な知性と感性を持つ君たちが、これをわからないとは信じられないね」
「いえやっぱり黒の方が」
「お前は何でも黒が、黒がじゃねぇか!それ明らかに自分の服の趣味だろ!!」
クレイマンが大仰に腕を広げて意見すれば、赤屍が反論し、その赤屍に蛮が噛み付く。
「あーもう私帰って良い?」
三人の論争を見かねた着物屋の店員に貰ったジュースを、じゅぼーとストローで啜りながらやる気なさそうに卑弥呼が呟いても誰も返事はしない。
白熱する支援者に対して、本人の卑弥呼は淡白である。
否、淡白というより純粋に眠いのである。なにせ何も知らされないまま早朝の四時にいきなりたたき起こされて、拉致られたのである。
その上三時間も上記のような不毛な論争につき合わされれば誰しもが「帰りたい」と思うところであろう。
「あのー、もうそろそろ支度しないと成人式始まっちゃいますよー?」
卑弥呼の隣りで同じく飲み物を飲みながらのんびり発言したのは、これから卑弥呼と一緒に成人式に行く事になっている夏実である(こちらは支度をとっくに終えている)
彼女の言葉に白熱していた三人の論争が止まった。
三つ巴で睨みあったあと、蛮が卑弥呼に言った。
「お前決めろ」
卑弥呼が一瞥して、決めた。
「じゃ、黒」
赤屍がニッコリ笑った裏で、クレイマンと蛮が舌打ちする音が聞こえた。
「あっ、居た居た蛮さぁーん!」
式を終えた卑弥呼と夏実が会場から出ると、煙草を吹かしていた蛮を見つけた。
夏実は卑弥呼を蛮に預けると、学校の友達のところへ合流しに去っていった。
「おい、成人式楽しんできただろうな?」
「名前も知らないような、お偉いさんの話しをどう楽しめって言うのよ」
そう言いながら卑弥呼の表情は満足気である。
夏実のおかげで成人式に潜入できた会場は、同じ年の男女で埋め尽くされていた。式のプログラムは楽しめなかったものの、平素一度に多くの同年代と関わることのない卑弥呼である。晴れ着や袴を着てどこか浮き浮きしている周囲に感化されて、イベント独特の高揚感を楽しんでくることが出来た。
会場の裏手通りは意外と人気が無い。
蛮と卑弥呼はその道を雑談しながら歩いていた。
突然曲がり角から車が現れる。2人は避けようと道の端へ体を寄せるが、卑弥呼は穿きなれない草履のために溝に足をとられそうになる。
「うぉおおおおおお!!!!!」
勿論このような逞しい雄叫びをあげたのは卑弥呼ではない。蛮である。
彼は奇声に近い声をあげながら咄嗟に卑弥呼の腕を引っ張り助けたが――
お約束のように自らは溝の中に落ちた。先日の雨のために溜まっていた泥水が派手に跳ねる。
「この馬鹿!!誰がてめぇの晴れ着買ったと思ってる!?」
「買ったって・・・どうせこの着物の費用の内訳は赤屍:クレイマン:蛮=4.5:4.5:1くらいの比率で、せいぜいあんたが買ってくれたのはこの髪留めくらいのもんじゃない」
「うるせぇーうるせぇー!例え1割でも俺が贈り主であることに変わりはねぇ!しかも俺は、俺が勧めた紫の着物じゃねぇ代物に金出してやったんだぞ!?感謝しやがれ!!」
そう結局黒を選んだ卑弥呼は、黒に赤い鞠の柄の入った着物を纏っていた。
帯は金糸と銀糸であり、飾り帯は濃い赤である。それに白いファーを身につけた姿はシックさと華やかさが両立している。
「感謝はしているわよ」
ありがとう、と言いながら卑弥呼はこっそり苦笑する。
何故卑弥呼が蛮の着物を選ばなかったか。
それは一生秘密にしなければいけない答え。
――紫は、貴方の瞳の色だから。
「蛮を連れて行く」昼食ならば選択肢は広いが、「蛮が連れて行ってくれる」昼食となるとその選択肢は異常に狭くなる。
行く場所と言えばせいぜいパンとパンの間に肉を挟む店か、299円のドリアが目玉の高校生御用達のイタリアンレストランである。
「昼食くらい私が払うわよ」
「あぁん?今日は俺の奢りだ奢り。代わりに今度の時は倍にして返して貰いましょうかね〜♪」
蛮は悪魔の尻尾を生やしながら、ケケケと笑う。
本当は邪馬人の代わりに兄貴ぶりたいだけだろうと気づきながら、卑弥呼ははいはいとおざなりに答えた。
結局ドリアのイタリアンに入る。店内では同じように振袖を来た新成人がちらちらと見受けられた。
「おい汚すんじゃねぇぞ!」
ドリアが運ばれて来て、すかさず蛮が注意する。
「わかってるわよ!」
そう威勢良く答えるものの、卑弥呼はどちらかと言えば不器用である。
ただでさえ着物の長い袖は、座っていると床についてしまいまいそうになるし、料理を食べようとして押さえていなければ袂が料理の中に突っ込んでしまいそうになる。
ぎくしゃくとした動きで一向に食事が進まない卑弥呼を蛮は見かねる。
「しょうがねぇな・・・・・・」
蛮は断りもなく卑弥呼のドリアを自分の方に引き寄せる。
抗議しようとする卑弥呼に、蛮はその引き寄せドリアをスプーンで掬って彼女の口の前に差し出す。
意味がわからない。
「はっ?」
「食え。」
「ばっ、・・・何言って・・・!!」
怒鳴りつけようとした卑弥呼は、その時気づいてしまった。
この傍若無人で乱暴な男が、無造作にスプーンを差し出しながらもその頬をうっすら紅く染めていることに。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
卑弥呼は何も言えなくなって、同じく頬を染めながらゆっくりと口を開いた。
後編に続く。
>>BACK >>HOME
08.1.14
|