子 供 た ち は

青 と 
 の 境 界 で 出 会 う。





熱せられた灰色ジャングルの上に、ゆらゆらと陽炎が漂う。
アクセルを握って疾走するも、服と肌の上を撫でる風は爽やかとは言いがたい。

卑弥呼は今、とある北陸の車道を走っている。
久しぶりに入った長距離の仕事は、東京から北上しなければならなかった。
しかし今年の夏の暑さは、関東圏を抜け出したくらいでは逃げきれなかったらしい。
ヘルメットの下で流れる汗が、目に落ちて酷く染みる。

とはいえ。もはや仕事は終えているので、帰りは気ままなものだ。
これでこの暑ささえ無ければ、ゆっくり観光していくのだが――



角を曲がって突然現れた光景に思わず声が漏れた。
赤い花の群。
バイクを止め、ヘルメットをとって確認する。

彼岸花だ。

エンジン音が消えた。赤い花の中を歩く。
ちょっと信じられないような量だった。それに開花の時期には少し早いはず。
けれど伸ばした指の先に感じる感触は本物で、うだるような暑さの中で涼しげに揺れている。

空は晴天で、雲一つない。
抜けるような青と、弾けるような華の赤。
その強烈なコントラスト。現実がふわりと地を離れて、自己と乖離してしまいそうだ。
ふらふらと何かに吸い寄せられていくように足を動かす。
すると、重なり合った花の下に隠れているものを見つけた。手で花を避ける。

「水子地蔵だよ」

いつの間にか、側で男が立っていた。

歳は卑弥呼より少し上だろう。
服装は、現在ではめったに見ない和装で、隙なく着こなしている。
肩口まである髪は色素が薄く、肌も陶器のように白くて、まるで人形のようだ。
超然と立つ姿は、浮世離れしているこの空間に非常にマッチしている。

「…あんた誰」

気配にまったく気づかなかった。
青年は卑弥呼の警戒を露にした誰何に答えず、茎から花を毟る。


「水子信仰の歴史は存外に新しく、戦後から広まったものだ。元々この国の死生観の根本は輪廻転生。そして七つまで子供は神の子。供養してしまったら子供は神の元へ帰ってしまい、二度と自分の元へは巡ってこなくなってしまう。だから親は戻って来て欲しい子供の場合は、逆に供養することは無かった。けれど、古くは村社会の了解として正当化されていた間引きや子おろしが、村社会の崩壊によって個人の責となった。出生率抑制のための政策による中絶件数の激増、思想の混沌による輪廻転生の薄れ。そこから水子信仰は生まれた。そう考えると」


「この地に埋められたのは、親に帰って来ることを拒まれた子供達、とも言える。」



ぐしゃり。
青年の手の中で花が潰れた。
指と指の間から赤い花びらがせりだして、それがまるで血の様に見えた。
そのせいで、潰したのはあたかも人の心臓のように錯覚してしまう。


「この彼岸花は、子供の死に対する親の罪意識の誕生の象徴。この花は供養する子供と供に植えられる」



この地には、この彼岸花の数だけ子供が埋まっているんだよ。



卑弥呼は何故か強い焦燥にかられる。

両親に拒まれた子供。何故、何故自分はこんなにも、、
口が、震える。

「何を・・・」

ビクリと卑弥呼の肩が跳ねた。
その時は初めて気づいたのだ。その青年の色の薄い前髪から覗く左目には、見たことのない刻印が刻まれていた。
何故今まで気づかなかったのだろう。こんなにも禍々しいのに。
金縛りにあったように卑弥呼は動けない。それを見て、青年は嗤った。

ゾクゾクと底冷えのする笑み。
それは不肖ながら卑弥呼の良く知っている同業者に一見似ている。
だが、違う。
あの男は、それでも自己に執着している。軸がある。

しかし


この男には。この目の前の子供には・・・・・



熱気は遠のき、体が冷えていく。
青年の顔がじょじょに近づいてくる。口を歪めながら。
胸の早鐘が煩い。嫌な汗が背を伝う。

鼻と鼻が触れそうな距離。

視界が狭まり、聴覚も鈍くなったような感覚の中。
その男の声だけが明瞭に響いた。


「三つのうち君だけは、もう少し考えておいてあげるよ。君は僕と同じ、呪われた子供だからね」


我に返った時、すでにその青年の姿は無かった。


足元には曼珠沙華が、首を切られて落ちていた。


end