GB長編「軽やかな足音、魔女の耳に届く」のオマケ




「あー来た来た。卑弥呼ちゃん!!」

 花月とホンキートンクに入った途端。
 待ってたよー。と、タレ銀がてとてとと手を振りながら足下によって来る。
 この摩訶不思議生物は生理的に受け付けない。軽くサッカーボールの要領で蹴って、卑弥呼はカウンターに座った。
 隣のヘヴンやテーブル席に座っている無限城組の面々に、久しぶり、と和やかに挨拶を交わす。

「で、本当にジャッカルと付き合ってるん?」

 早速の本題。
 卑弥呼はため息をかみ殺す。事情を知っている面々も、今更という顔をするが仕方ない。
 彼女がが「うん」と肯定すると、「正気か」と三人同時に口を揃える。正気だと答えると「止めろ」とまたしても、ユニゾンでハモった。

「あの目は魔物。貪欲に血を求める猛禽。傍にいてはただですまん」
「せやせや。裏社会でDrジャッカルっていうたら、悪魔、鬼畜、非情の三拍子そろった、サイコでキレてる兄ちゃんで有名なんやで?そんなデンジャラスなのと付き合うくらいなら、ワテと付き合おうよ卑弥呼ちゃーんvv」

抱きつこうとした笑師に、飛針が閃いた。

「笑師ぃぃぃい!!貴様姉者というものがありながら、よくも不埒な真似を…!!その軽薄な口、頭ごと首から落としてやる!!」
「じょ、冗談やー!!男の子の可愛い冗談やて。ワイのお茶目チャームポイントがわからないなんて、十兵衛はんのイ・ケ・ズv」
「…笑師。姉者に報告するぞ」
「すいませんでした。堪忍です。……まっ、まぁ卑弥呼ちゃん。ああいう彼氏と付き合ってみるのも貴重体験や。それにワテは思うねん!彼にはボケの才能がある!!それで万事おっけいや!」

 どこが万事おっけいなのか。一同突っ込んだ。
 恐らくは夫婦漫才できるやーん。ということだろうが…

「……とにかく。俺もやっぱり止めた方が良いと思う」
「雨流の言うとおりだ。傍にいれば、あの男が纏う邪悪な闇にいつか取り込まれる。今のうちに…」

 俊樹と十兵衛が尚も止めようとする。そこへ今まで黙っていた花月が、りんと鈴を鳴らして2人の名前を呼んだ。

「2人とも、そういう問題は当人同士の問題だから、あまり外野が口出しするものでは無いよ?」

 ねっ?とにっこり微笑む姿はまるで清らかな聖母のよう。親衛隊二人はきゅんとする。

「……花月がそう言うのなら」
「…むぅ。仕方ないな」

 何が仕方ないんだ。風雅以外の全員が突っ込んだ。

「…酷いよ。ひみちゃーん…」

 やっとぺしゃんと潰れた頭部(怖いな…)を復活させ、涙目で銀次がよじよじとカウンターに上ってくる。勿論タレている。

「あのさあのさ。俺はもうがむしゃらに止めようとは思わないけど、でもさ」

 知ってる?
 つぶらすぎる瞳をクリっと上目使いする生物。何をよ?言いながら、さっと身を引く。

「…赤屍さんって、上空30メートルのヘリから飛び降りても、何ともないんだよ?」

 隣のヘヴンの肩が、びくっと震えた。卑弥呼は平静だ。

「別段大したことじゃないわ。だってあいつ東京タワーから下りたことあるし」
「…天井に足を付いて立てるんだよ?」
「あぁ時々、トラックの中でもぶら下がってるけど?何なのかしらねあれ。」
「…片手で熊かつげるんだよ?」
「先々月は鹿持ってきたわよ。鹿!非常食です。ってね」
「…赤屍さんのコートと帽子って」
「ホントよく伸びるわよねぇ。地面についてる時もあるし」
「…あの人の友達って蝉の」
「蝉?あぁなんとか蝉丸さん?無限城の仕事の時に一回会ったけど。あいつの友達にしてはマトモじゃない?しゃべり方がちょっと可笑しいけど」
「えっと、、じゃあ………あの人、死なないらしい、よ?」
「死ぬわけないでしょうがあの化け物が。あんな怪物が普通の人間みたく死なれる方が困るでしょう。――で」

 それが何??
 気が付いたら、卑弥呼の周りは誰もいない。
 卑弥呼以外全員が、店の隅に集まって、おぞましいものでも見るように、こちらを見ている。

「…何なの一体?」
「オカシイってオカシイって!!」
「まともじゃない。その男洒落じゃなく。まともじゃないよ!!」
「あんた達ねぇ。私が何年あいつと同業やってると思ってるのよ」

 呆れ顔で、卑弥呼は腰に手を当てる。

「あいつがどんだけ人間離れしたヤバイ奴かだなんて、百も、百以上もこっちは承知なのよ。心配してくれるのは、ありがたいけど――それでもさ。あたし一緒にいるってもう決めちゃったのよ。」

その卑弥呼の笑みは苦笑のようで、それでい、カラっとした明るさがあった。
自分の決意を赤屍当人と、蛮意外の人物に伝えたのはこれが初めてだ。もう後には引けないという思いが胸に満ちる。後に引く気なんて、さらさら無いけど。

「…いーち抜けた」

 いち早く店の隅に逃げたヘヴンが、一番に自分の席へ戻った。

「私。もう止めないわよ―。せっかく人が忠告してやったのに、ほぉぉおんとバカなんだから。こんな馬鹿娘にこれ以上言葉をあげるだけ無駄無駄。…それに私、知ってるのよねー」

 ニヤニヤ。仲介屋は年下の友人を見る。

「覚えてる?もう3ヶ月くらい前になるのかな。あんたがすごく体調悪そうにした時、私がこっそりジャッカルに助っ人を頼んだことがあったじゃない?あの時、実はあいつ他の依頼抱えてたの。しかもあんたが居た場所と逆方向。わざわざそっちの仕事終わらせてから、駆けつけたって訳。あんたの所へ」

――案外あいつ、あんたの事、結構マジなのかもね?

「えっ?」

 初めて聞かされた事実に思わず、間の抜けた声が漏れる。
 あの赤屍が?馬鹿な。何をやって…。
 思考がぐるぐると空回って、どうやって処理して良いのかわからない。焦りで顔が火照ってくる。外野はそれを見て、ヒューと笛を吹く。
 勘違いだ。卑弥呼が赤面したのは、どう反応したら良いのかわからないパニック。それがいかにも初心な子供のような反応だと思って恥かしかったのだ。彼女にはまだ赤屍に対しての恋愛感情は芽生えていない。そもそも相手は、最近まで恋愛対象から遠く離れていた男だ。好きになると決めたものの前途は多難なのである。それにあの男が、そんな行動を取ったのは…。
 卑弥呼の思惑を他所に外野を盛り上がっていく。そしていつしか、思考に沈みそうになった彼女自身も、陽気な空気に溶け込み…。

 卑弥呼が我に返った頃には、時計の針がぐるりと回っていた。
 彼女は時刻を見て慌てて立ち上がる。

「いけない!!もう行かないと」

 覚えのあるシチュエーションにヘヴンが、もしかしてと声をかける。

「赤屍のところ?」
「いや、その前に、メンテのバイクを取りに行かないとだけど…」

 ごにょごにょ。語尾を濁す卑弥呼の肩を、ポンポンと笑いながらヘヴンは叩いた。
 行ってらっしゃい。卑弥呼の背中を押して送り出す、面々の表情は未だ複雑な表情は拭えないが、それでも卑弥呼の言葉を聞いて幾分か軽くなっていた。
 ――その中で俊樹だけが、他の面子と違った視線で見送ったのを、花月だけが気づいた。
 
「花月!レディポイズンはすごい女だな。俺など、赤屍蔵人と2人きりで過ごせと言われたら、三時間も神経は持たないだろう…」

 きらきら。年下の少女に惜しみなく尊敬の眼差しを向ける元部下に、貴公子は苦笑を咲かせるしかなかった。