―4―

「ちょっと大丈夫なの?そんなに顔色が悪くて。あんた風邪ひいてんじゃないの?」

「大丈夫よ。あんたこそ、そんなに胸開いた服ばっか着てたら、いつか風邪ひくんじゃない?」
「仕方ないじゃなーい。だって胸の閉まってる服入らないだもん。嫌よねー貧乳娘の僻みって。」

「・・・燃やされたいのかしら?」

 卑弥呼が火炎香をかまえると、グッと仲介屋は黙って、わざとらしく咳払いをする。

「まっ、まぁ冗談はこの辺にしといて、本当にこの仕事を今日中に出来るのかしら。レディポイズン?」

 あから様なヘヴンの反応に卑弥呼は楽しそうに笑った。その笑みになぜかヘヴンは不審そうな顔をする。

「勿論よ。距離も遠くないし、難しい仕事じゃないわ。――じゃあ依頼人さん、これをこの紙の住所に届ければ良いのね?」

 ヘヴンのとなりにちんまりと座っている、老いた身なりの良い依頼人が頷くのを見て、卑弥呼は立ち上がった。「じゃあ、行くわ」と元気よくさっさと喫茶店から出ようとするのを、慌ててヘヴンが「待って!」と呼びとめた。

「・・・・・・・本当に体調は万全なのね?」
「くどいわ。昨日は休日だったし、身体にはしっかり休息とらせてるわ。私プロなの、馬鹿にしないでくれる?」

 ヘヴンを安心させようと口元には笑みを刻みながらも、キツイ言葉で突き放す。今度こそ卑弥呼は振り返らずスタスタと席から離れた。
 仕事をしたい、仕事を早く終わらせたい。闘いたい、闘いたくない・・・様々な感情が渦巻く中で、ただ逃げ出したいと強く思う。
 早くこの場から去りたい。自分への心配から「大丈夫?」といってくれる存在に「大丈夫」と言わなければならないことが溜まらなく辛かった。

 喫茶店のドアベルを鳴らして去っていった卑弥呼を心配そうに眺めたヘヴンは、おもむろに携帯を取り出した。


         



  


   

 楽な仕事だった。 妨害も無くはなかったが、最下層の雑魚だったので問題はなかった。依頼品は運び終わり、すでに仕事は完了している。後は家に帰るだけだ。
 頭も身体もだるい。早く家に帰ろう。バイクのアクセルを強く握りこむと、ブゥゥンとエンジンの音が夜中の大通りの道路に響きわたった。
 しばらく疾走していると、また忌々しい眠気がまた襲いかかってきた。眉をしかめ目をしばたかせると、突然バイクの前輪が溝に嵌ったようにがたんっと落ちて、後輪が持ち上がった。

「!?」

 体が宙に浮く。
 とっさに受身をとりながら地面に着地し、鋭い視線で周りを伺う。走っていた路肩には深い溝が掘ってあり、バイクはその溝にはまったようだった。そして目の前に見覚えのある姿が現れる。

「不歯歯歯歯歯っ!!いい様だなーぁ!レディポイズン!!」

 先ほどまでの仕事で妨害してきた横取り屋の卍兄弟だった。
 仕事はもう終わって依頼品は手元に無いが、どうやら卑弥呼への復讐にわざわざ溝まで掘ってわざわざ待ち構えていたらしい。

「今度はさっきみたいにうまく行くとは思うなよぅ!我が親族を集めるだけ集めたのだ!見よ!我が一族の血の結束を!!」
 
 確かにずらりと、工事現場崩れのような頭の弱そうな連中が並んでいた。人数は50ほどで、舌をなめずりべたつく殺気を卑弥呼に向けていた。
 卑弥呼は身体の中で、好戦的な高揚が沸き起こってくるのを感じた。

「最初に言っとくわ。今、私最高に機嫌が悪いの。だから――死にたくなければ、さっさっと失せな」

 残酷な気分が満ちてくるのを感じながら、警告する。しかし横取り屋はゲラゲラ笑ってとりあわない。

「馬鹿めっ!目が見えないのかレディポイズン!この人数を!!」

「うすのろがいくら集まっても同じよ。わからないのなら、身をもって教えてあげるわ」

 言うやいなや卑弥呼の姿は消えた。
 横取り屋が驚いて卑弥呼の姿を探そうとする前に、ぱたぱたと一人、二人横取り屋が倒れていく。

「なっなんだ!?」
「加速香よ」

 叫んだ横取り屋に親切に教えてやり、ついでに側頭部に蹴りを入れてやった。

――倒しなさい。殺しなさい。そしてあの男を・・・!!

 殺意をギリギリで押さえ込む。しかし好戦的な気分はどうにもならず、闘いに昂ぶりながら加速香で身を躍らす。
 自分はあの殺人鬼の言うとおり、闘いと殺戮に飢えていると痛感する。

「このぉぉぉ!!」


 
半数程片付けたとき、卑弥呼を拘束しようと一人の横取り屋が手を伸ばす。それがまぐれにも卑弥呼の足をつかみ地面に叩き落とした。「くっ!」と打ち付けられた背中の痛みに呻く。

 
「不っ歯歯歯歯ぁ!!これでたっぷりとお前に仕返しが出来るぅ!!見るがいい!お前の炎のせいで俺の美しい顔半分が焼かれてしまったではないかぁぁ!!」

 見ると言葉どおり、さっき仕事中に使用した火炎香のせいで横取り屋の顔は半分酷い火傷をおっていた。他の横取り屋たちがかけているゴーグルをとっているため醜悪な顔が外気にさらけ出されている。

「はんっ!命があっただけ、ラッキーなのよあんたは!」

「なにをぉ!おまえさえいなければ、おまえさえいなければ、おまえさえいなければ、俺はこんな顔にならなかったのだぁ!俺はお前を恨み憎むぞ、レディポイズン!簡単には殺さん!!ズタズタにぐちゃぐちゃに切り刻んでやるぅぅ!!我が恨みその身をもって知れ!!」
 
 
卑弥呼はその言葉に動じなかった。
 
それどころか残りの顔半分も綺麗な火傷を作ってやろうかしら、と残虐な思考が浮かび不敵に笑おうとさえする。
 だがチェンソーを持ち自分に襲い掛かろうとする横取り屋の、火傷を負ったほうの瞳の紛れも無い灼熱の憎悪に射すくめられた。


 リィィンと何かの警鐘のような音が聞こえた。

 いや。聞こえたような気がした。




 ぐるり。





 世界が、暗転する。




 身体が、精神が、丸ごとひっくり返ったような感覚だった。





「本当にごめんなさい。横取り屋さん」




「あっ?」


 卑弥呼の一変した丁寧な口調に横取り屋は戸惑って、振り上げていたチェンソーを降ろした。
 目の前の宿敵の女からは、先ほどまでの気の強さを表わしたような瞳の強さが消え、代わりに穏やかな気品の漂う光が宿っていた。
 先ほどの人物と同じとは思えない急激な変化。どういうことか分からず、横取り屋はたじろく。

「ですから、お詫びとして、こんなものは如何でしょう?」

 鈴がなるような愛らしい声で喋りながら、レディポイズンは立ち上がる。横取り屋は警戒して後ろに下がろうとするが、卑弥呼は逃さずそっと横取り屋の頬を両手で挟んだ。

「えっ?」

 
そして徐々に卑弥呼の顔が横取り屋の顔に近づく。

「ええっ!?」

 
火傷の顔をさらに朱に染めながら、横取り屋はあたふたとする。周りの横取り屋も目を白黒させて見守っている。

 
お互いの唇が触れる寸前、ふっと卑弥呼は横取り屋の口に息を吹きかけた。

「愛する事、憎む事を知ったものだけが、人を殺すことができる。」

 横取り屋の鼻腔にこの上ない甘美な芳香がくすぐった。


「私の非、貴方を殺してさしあげながった非は、私の技 を持ってお詫びいたします」



 横取り屋は口を開こうとした。だが喉が裂けて開けなかった。

 連鎖するように、頭、胸、腕、足が裂けて飛び散った。

 びしゃっと一番側にいた卑弥呼に大量の血が顔に身体にかかった。

 その生暖かい感触に、ぐるりと再び世界がひっくり返る。

 凄惨な光景を愉悦の表情で見ていた、卑弥呼の表情が一瞬で消えた。

 衝撃のあまり膝が崩れぺたりとしゃがみこむ。

「あっ・・・?」



 卑弥呼は放心した。



 目の前の光景が信じられない。
 
この血は何だ。このばらばらに千切れた人の身体は。


 仲間が殺されたにも関わらず、周りで見ていた横取り屋もしばし言葉を忘れてあまりの壮絶さに息を呑んでいた。
 しかし数秒後一人の横取り屋がやっと理性を取り戻し、叫んだ。

「よくもっ・・・よくも我が兄弟を!!」

 
一斉に横取り屋達は我に帰った。
 
彼らは殺気立ちながら、卑弥呼に襲い掛かかる。


「死ねぇっぇぇ!!」 



 横取り屋のドリルが卑弥呼の頭を狙う。

 卑弥呼は未だに忘我の状態にあって反応しない。



 そのドリルがまさに卑弥呼の頭に触れる直前。

 ざしゅっと横取り屋の腕がドリルを持ったまま地面に落ちた。

 悲鳴をあげる間もなく五体をバラバラに切られる。




 ばさり。



 マントのように黒衣を翻し、いきなり現れた殺人者は佇む。


 側にいた他の横取り屋が、突然の乱入者の顔を見て驚愕する。

「あぁっ!お前はっ!!!」



                                 




「赤屍蔵人と申します。そちらのレディポイズンのアシスタントとして参りました。」

 声をあげた横取り屋も一瞬でコマギレにされる。

 
突如として現れた長年の天敵に逃げようとした横取り屋もまもなく「J」の文字を刻まれアスファルトの上で永遠に沈黙した。
 
またたく間にDrジャッカルという通り名を持つ男によって横取り屋は全滅した。丁寧にレディポイズンが倒した敵もコマギレになっている。嫌いなのだ。
 すべての敵が沈黙したのを確認して赤屍は卑弥呼を見た。


 
卑弥呼はまだ呆然としていた。赤屍は冷ややかとも言える声で話しかける。

「一週間前にも言ったでしょう?相手はプロです。殺しても貴方が気にすることはない。彼らは自ら血まみれの運命を引き寄せただけのこと。しかもこのような最下層の輩の命、気に病むだけ時間の無駄です」

「・・・違う・・・」

 
虚ろな視線で赤屍を見上げた。

「違う・・・殺ったのは・・・私じゃない。こいつを・・・!殺したのは私じゃないわっ!!」

 
虚ろだった表情に激情が表れ、取り乱したように叫ぶ。

「私じゃないっ!!」

 
赤屍は動揺している女を静かに、灰色の瞳に映し、淡々とした口調で喋りだした。

「――レディポイズンと女王ヒミコ。あの時女王はレディポイズンの中に眠り二つの人格は一応の統合を果たした。だが愛する者の拒絶に貴方の精神は酷く動揺し、それによって眠っていた女王が目を覚ましてしまった。愛する者の死を望み、血を渇望する女王とそれを止めようとする貴方。貴方の精神は再び二つに分かれた。二つの精神は常に拮抗し、その緊張状態は貴方の精神ばかりだけでなく身体も蝕んでいる。――そしてこのまま限界を超えてしまえば・・・」

「・・・・・・超えてしまえば?」

「レディポイズンと女王ヒミコは供に自滅するでしょう。」

断言した死神の言葉に魔女は反論する。

「・・・もう一つ可能性があるわ。私が消えてあの女がこの身体を支配する。」

 それは連日卑弥呼を苦しめてきた想像だった。
 横取り屋の返り血に染まった手を見て顔を歪ませる。
 
自分の意識が押しつぶされて、女王に支配されてしまうのではいか。そしてこの手で蛮を・・・。
 
赤屍はクスッと笑った。それは可笑しいと反論するような笑みで。


「消える。貴方が?人を殺すのを、美堂君を殺すのを黙ってみている。貴方が?そうなのですかレディポイズン?誰にも負けない気の強さこそが貴方の専売特許なのではないのですか、卑弥呼さん。私は勝手ながら貴方の人となりをそのように考えているのでね。だから例え女王ヒミコの意識が優位に立ち表面化しても 貴方の精神は女王の精神を抑止しようと叫び続け、一つの身体に二つの精神その緊張状態に身体は磨耗し、ついえてしまう。と予想しているのですが」


 はっと目を見開いた。赤屍は目を細めて微笑んでいる。

「しかしすでに貴方の精神も身体も、随分消耗しているようですね。貴方はこのまま自滅させるにはなかなかに惜しい存在。卑弥呼さんには、一刻も早く精神の安定が必要のようですね。」

すっと赤屍が帽子を外す。

「宜しければ、そろそろ私がこの前提案した契約の返答を、お聞かせ願えますか?成立か破棄か。」



 契約。



 『貴方に 私 を差し出します。そしてその代わりに時が来たら 貴方 を私に下さい』



 帽子を外した事によって、赤屍の秀麗な面差しが浩々と光る月明かりのもとにあらわになる。
 
卑弥呼はその端整な顔と少しでも対等に向き合うために立ち上がろうとする。
 
だが、ぐらりと視界が傾き、よろけそうになる。それをすかさず赤屍が支え「大丈夫ですか?」と顔を覗き込む。
 
赤屍の白い顔が、自分の血にまみれた顔を見つめるのを感じながら、口を開く。

「・・・あんたどうしてここに来たの?」

「仲介屋さんからの依頼です。貴方の仕事をアシスタントするようにと」

「じゃあ仕事、もう終わったじゃない」

「仲介屋さんからもう一つ依頼されていましてね。レディポイズンを自宅まで無事に 運ぶ ようにと。持つべきものは良き友人ですね卑弥呼さん。」

 
その言葉に答えず、卑弥呼はじっと掴まれている腕をみる。
 
掴まれている腕は顔同様、返り血にまみれていて、夜の闇の中でその鮮血が黒く見える。それを拭えない穢れのように思いながら、ゆっくりと目を閉じる。
 
 
浮かぶのは何度も夢の中で見た。誰よりも愛している男の死体。



 そして



いつも聞こえてくる、最も身近な場所からの女の声



 『ブードゥチャイルドは元々堕胎されるはずだった子供、この世にいらない存在』



 不可解な契約を提案している、目の前の男の声



 『貴方はこのまま自滅させるには、なかなかに惜しい存在』



  わかっている。



 赤屍の「惜しい存在」という言葉の意味は、自分があの男に求めた感情とはかけ離れているのだということは。




だが、それでも



卑弥呼は契約の返答を口にする。



疲れきった声だな、と自分でも思うような声だった。





                                        end


      


























校正 祐樹さま 多謝. なんかんだ、完結させた小説処女作。
作文と同じく長文病がよくでてます(苦笑)
さて。いつまでつじつまが合うか砂上の小説長編。