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魔女は天秤を持ちて、裁可を下す。
「じゃあ噂はホントだって言うの!?」
ヘヴンの声が店内に響きわたった。
卑弥呼が諌める前にドンっと勢いよくテーブルを叩いて立ち上がる。
「別れなさい!!今すぐ!!あんな殺人鬼と、まともな交際なんて出来る訳ないでしょーーーーーーー!!!!」
ヘヴンが叫び終わったのを確認して、耳から手を離した。
周りを見渡すと予想通り喫茶店中の客どころか、店員もこちらを凝視していた。多分後半の単語がまずかったのだろう。
宥めて席に座るようにと頼む。ヘヴンは憮然としながらも卑弥呼の言葉に従った。
仲介屋のヘヴンとは、なんだかんだで良好な友人関係を築けていた。
最初出合ったばかりの頃には、ヘヴンの胸を露出させ、いかにも女を武器にしている態度が気に入らなかった。
ヘヴンはヘヴンで卑弥呼の妙に突っ張って、年下のくせに一人前の大人のように振舞っていたのを生意気に感じていた。
お互い妙な敵愾心を抱いて口論が絶えない仲だったが、気がつけば気を許しあう友人になっていた。口論を重ねていく内に、相手の内面を良く知る事ができたというところか。今はヘヴンの事を良い奴だと、素直に認めている。
ヘヴンは席に着くと気をとり直して尋問を始めた。
「いつから?」
「二週間・・・いや、もう三週間前かしら」
「どうして付き合うことに?」
「それはまぁ色々と事情がね・・・」
「ジャッカルから告白されたの?」
言った後、ヘヴンはこれ以上不可能というほどの複雑な顔になった。
最強最悪運び屋界の嫌われ者、冷酷非道と悪名をならす、あの、赤屍が、愛の告白。
人類の想像力の限界を遥かに超えた出来事である。卑弥呼には友人の気持ちが痛いほどわかった。そして答えに窮した。
「告白というかなんというか・・・・・・提案?」
「はぁぁ?」
言葉を飲み込めず、ヘヴンは少しだけ沈黙してから口を開いた。
「・・・あんたまさか、ジャッカルに脅迫されたの?」
――赤屍の評価ってどれだけ低いのかしら・・・。
的外れな発言(恐らく他人から見れば、赤屍の告白よりも脅迫の方が信憑性があるということだろうが)を否定しながら、少しだけ赤屍に同情した。
はあっと前かがみの姿勢から、ヘヴンは椅子の背にもたれる。そのため息を聞くと、なんだか姉に叱られる出来の悪い妹になった気分になる。
「・・・よくわからないけど、少なくとも今日あんたが待ち合わせ場所をHonkyTonkにするのを、あれほど嫌がったのはよく解ったわ。」
口に運びかけたカップを止めた。ヘヴンは心配そうに卑弥呼の表情を窺う。
「やっぱりまだ顔合わせるのは無理?」
「・・・・・・無理ね」
「そうよね。あんたあんだけ好きだったものね・・・。それにその後」
ジャッカルと付き合ってるんじゃね。と言ってヘヴンはいっそ卑弥呼より思いつめた顔をする。
この友人は知っていた。 自分がどれだけ蛮の事を思っていたか。どのように告白し、振られたか。振られた後も自分を支えてくれたのはこの友人だった。
卑弥呼は毅然とした眼差しになる。
「あんたが気にする必要は何一つないわ、仲介屋。あたしと蛮はどれだけ時間をかけても結果は同じだった。あんたが煽ろうと煽らなかろうと、あたしが振られるのは避けられないことだったと思うわ。――蛮にとってあたしは邪馬人から預かった大切な妹でしかないのよ」
真っ直ぐ注がれていた視線はしかし後半、伏目がちになり瞼の下で瞳は揺らいだ。
「そんな・・・まだそんなにあいつのこと好きって顔してんのに、どうしてあんな人格破綻者と付き合ってんのよ!あんたは!!」
堪らなくなって叫ぶように訴えたヘヴンを、卑弥呼は睨んだ。
抑え難い怒りが体を一瞬支配する。その瞳の凶暴さにヘヴンがびくりと脅えた。
だがその獰猛な獣のような眼光はすぐに立ち消え、かわりに戸惑いの色を瞳に宿す。
「・・・・・・あいつはただの殺人鬼じゃないわ。それに――今のあたしにとって、赤屍は必要な人間よ」
覇気のない声。ヘヴンがなんと声をかけようか迷っている。
そのヘヴン様子を見て、席を立つ。
「悪いけどそろそろ行くわ。これから待ち合わせなの」
「待ち合わせって、まさかジャッカルと?」
微かに微笑んで答える。
「あいつって、意外とマメなの」
つついてしまえば壊れてしまいそうな、あやうくて、綺麗な笑みだとヘヴンは思った。
「・・・相変わらず、よく食う男ねぇ」
「恐れ入れりますvv」
優雅に高速に食事をとりながらだされた赤屍の返答に、いや別に褒めたわけでは、と思いながらフォークを置く。
赤屍は姿に合わず、大食い選手権もかくやという程の大食漢である。
その事は同業者の卑弥呼も前から知っていたが、テーブルの上には皿という皿、料理という料理がぎっしり並んでいる様子を見ては口を挟まずにはいられなかった。元々メニューの数が少ない店だといえど、目の前のテーブルの上にはメニューの七割はそろっている。
端の皿の落ちそうで落ちない絶妙なバランスを見て、卑弥呼はある記憶を思い出す。
昔、蛮と銀次に有名な低価格レストランチェーン店に連れて行って貰った事があったが、その時のテーブルも今みたいに皿一杯だった。ただしその時テーブルに乗っていたのは、その店で一番売れていた一番安いドリアのみだったが・・・。
「卑弥呼さん」
呼びかけられ我に返った。気がつけば、一番考えてはいけないあの男の事ばかり思考が向いてしまう。
「・・・何?」
「追加注文をしようと思うんですが、何かご希望はありますか?」
「あんた、まだ食うって言うの!?」
「はいv後五分程あればテーブルの上も食べきれそうですし。この際全メニュー制覇しようと思いましてvv」
しなくていい。全メニュー制覇なんてしなくていい。と内心ツッコミながらも「私はいらないわ・・・。」と答える。どうせ止めても無駄だ。
赤屍は、そうですかと答えながら、ウェイトレスを呼んで追加注文を頼む。
「このページの、ここからここまで全部お願いしますvv」
頭の足りない金持ちみたいな注文の仕方だ。まぁこいつの場合は全部食べるから良いか。それは良いとしてまた他の客に奇異の目で見られるのか、と思いながら店内を見回す。
店内はうっすらと暗く、テーブルの上や壁にあるキャンドルがぼんやりと灯りをともす。控えめなBGM、騒がしすぎず、静かすぎない客の会話。シンプルだが趣味の良いインテリア。落ち着いた雰囲気。赤屍は店選びのセンスが良いようだ。と気づいたのはつい最近である。
勿論、契約――つきあう前にも同業者として食事を一緒にしたことは数多くある。だがそういう時は大概仕事前か仕事後なので近場で済ませてしまっていたので、赤屍のセンスというのはわからなかった。
「そうそう卑弥呼さん。貴女が話されていた運び屋のルーキーに昨日お会いしました。確かに中々お強い。変わった技も使われるようで少し興味を持ちましたv是非とも今度は敵として対峙して血と肉が飛び散るバトルを繰り広げたいものですvv」
注文も終えて、うきうきと猟奇的な内容を喋りだす。店のセンスは良いけど会話のセンスは最低だ。適当に話に相槌を打ちながら考えに沈む。
――私と契約を結びませんか。卑弥呼さん。
契約を履行し始めて三週間。赤屍は意外としか言いようがないが、よく連絡をくれた。
ふらりと家に来たり、食事に誘ってくれたり、一昨日などは桜が綺麗だから見に来ないかと電話で呼び出し、連れ出してくれた。もっとも赤屍がこんなに頻繁に会ってくれるのは、自分の様子を確認するためだろう。せっかく将来ブードゥチャイルドと死闘ができる契約を結んだにも関わらず、ここで自滅されては意味がないのだろう・・・。
赤屍は優しかった。少なくとも表面上は優しい。全くの予想外と言っても良いほど、まともな交際をしてくれている。そのおかげか卑弥呼の精神状態はここしばらく安定している。もう一人の自分、女王の声もここしばらく聞いていない。だが安定していくに連れて、今度は赤屍の優しさに段々と罪悪感めいたものを最近感じるようになってきた。自分は赤屍を利用している。蛮を忘れるために別の男と一緒にいるのだ。
なんて卑怯で、弱い女なのだろう。
「お加減でも悪いのですか?」
声の調子を変えて尋ねて来た赤屍を認識して、再び現実に戻る。
知らず胸元でぎゅっと握っていた拳を解きながら、「大丈夫よ。」と答える。
赤屍の背後にある時計を見ると、結構な時間思考に迷ってしまっていたようだ。店もピークを終え、周りの客達もいつのまにか少なくなっている。テーブルの上の料理もまたしかり、知らなぬまに皿ごと片付けられている。
「あら、そういえば追加の注文はまだなの?」
「そういえば少し遅いですね。――すいません」
ウェイトレスを呼んで尋ねると、ウェイトレスは慌てた様子で厨房に駆け込み、戻ってきて「申し訳ありません!」と頭を下げる。
「こちらの手違いです!今すぐお作りしてお持ちします。少々お待ちください!」
「そうですか。いえお気になさらなくて結構ですよ。ゆっくりどうぞv」
ニッコリ笑いながらかけられた赤屍の言葉に、心配そうに歪んでいたウェイトレスの顔がぱあっと安堵に綻ぶ。「ありがとうございます!」と高い声で頭を下げ去った。今のウェイトレスの頭では間違いなく赤屍は「良い人」にカテゴリされただろう、殺人鬼などとは露とも知らず。
こういう外面の良さは赤屍の数少ない美点の一つだ。赤屍は戦闘に関する事になると気分の浮き沈みが激しいが、その他のことなら割と寛容である。蛮だったらこうは行かない。怒鳴りちらした上に「謝礼に乳もませろ!」だの暴言暴挙にでかけない。というか実際卑弥呼はその場に居合わせたこともある。昔から粗野で乱暴な困った男だ。
「何をお考えですか?」
かけられた言葉に、再び自分が蛮の事を考えていた事に気づく。瞳を細めながら向けられた視線は、心中を見透かしていそうで、気まずさに目を反らず。
「何も考えてなんかないわ」
「左様ですか。・・・おや料理が来たようですねv」
運ばれてきた料理に相好を崩し、再びナイフとフォークを持つ。卑弥呼は聊かぎこちなく頬杖をつき周りの客の様子に目を移す。複雑な心境だったのを目の前の男の馬鹿みたいな食欲に少し毒気を抜かれ気がし、嘆息する。
――この男は何を考えている?
契約など、本当にこの男にとって、意味があるのだろうか。
わからない。
何も。
卑弥呼は、額を押さえた。

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