魔 女 の 知 ら ぬ 地 で  は 鳴 る 。







街路樹の木漏れ日が行き交う人々の上に降り注ぐ。

男は雑踏から離れて、カフェの外にあるテラスに足を向けた。
彼はまったく探す様子も見せずに、一直線に奥の白いパラソルがさしてある席にたどり着く。

「度々のお誘いに答えられず、今日までずるずると延ばしてしまって大変申し訳ありませんでしたね」

「かまわんよ。私にとって時間の拘束は無意味だ」

そこには、西洋人形のように美しい少女が本を読んで座っていた。
彼女は声をかけてきた男に視線を向けることも無く、淡々と答える。
しかし言葉とは裏腹にその姿は、一年前より若干大人びて見えた。
錯覚だろう。即座に自分の考えを一蹴して、男は店員を呼んで飲み物を注文した。

「美堂蛮との戦いは楽しめたかね。Drジャッカル」

「とても。貴女のお誘いをお断りした元はとれましたよ」

男の口角が釣りあがる。その不敵な笑みに返すように、博士もやっと本から顔を上げて微笑む。
子供の無邪気さとはほど遠い、老猾な笑み。




「再び刻は動き始めた。といった所か」





カタリ。
男の前にカップが運ばれてきた。彼は答えず、ただ静かに笑う。

「ブードゥ・チャイルド。工藤卑弥呼。非常に興味深い事だよ。守るべきものを持たず、ひたすら己の望みのためだけに戦い続ける君が他の存在は迎合するとは。どのようなプログラムバグでそのような事が発生したのか。私は知りたいのだよ。」

本を閉じて、博士は男の青灰の瞳を探る。

「つまり君も――君の周りの、誰かを守るために闘う、それが強さだとする人間達と意見を供にする事にしたと?」

「まさか。彼らの主張は私にとって、自分の力だけでは自分の足すら立たせる事が出来ない弱者の論理にしか聞こえません。他者の存在に己の存在意義を見出し、供依存、共生関係を成立させる。他者のためと言い自分の行動の責を他者にも預けさせる。そうすればバランスが取れるという事でしょうね。己の精神の。しかしあの方々が時として、私の予想を超えた爆発的な能力を見せることは認めましょう。それは揺るぎの無い事実だ。けれど私が彼らのように、考える可能性は皆無です。彼らを面白いと感じても、彼らを理解することは一生無い」

「では、単純にレディポイズンに特別な執着を――下界の人間が使う言葉で言うなら、君は彼女を愛してるのかね」

「ご冗談が過ぎます」


クス。
笑い声が漏れた。
博士も笑う。それは赤屍と同質の微笑み。
甘い執着など知らない無機質な生き物同士の、共犯者の笑み。



「 …だろうな。工藤卑弥呼は理論を無視する人間ではないが、本質的には感情派の人間。道徳観が逸脱している訳でもない。裏社会の人間であるにも関わらず、共感能力、正義感が平均をやや超えているくらいの――至極まっとうな娘。やはり本来、君がそれほど深入りする人種では無いだろう。君は何故あの娘にかまう?」

「卑弥呼さんが、私の本懐を叶えてくれる女性だからですよ」

「あの少女が君の?本気でそう思うかね」


博士は疑念を露にする。
赤屍は穏やかに、楽し気に答えた。



「私も、一年前の奇跡の目撃者ですから」



博士はしばらく沈黙した。
ウサギの縫いぐるみを生きている猫のように撫でて、ゆっくりと口を開く。


「……なるほどな。執着は無い、けれど期待はあるという事か。だが…」


博士は含んだ笑みを浮かべる。
それは謎めいた微笑のようにも、揶揄するような微笑みにも見えるものだった。

しかし唐突に、何かに気づいたようにビスクドールの瞳が閃いた。


「そういえばジャッカル。覚えているか、あの男。あの孤高の研究者の――」





団体客が入店したらしい。
ざわざわと喧騒が酷くなった。


高い音が立てて、赤屍がカップをソーサーに置いた。

「……久しく聞かなかったお名前ですね。忘れてしまう所でした」

言いながら、赤屍は席を立って財布を取り出した。

「申し訳ありませんが、この後に仕事が入っていますので、私はここで失礼させて頂きます。お誘い頂いてありがとうございました。また後日お会いしましょう」

 来て早々。といえるくらいの時間しか過ごしていないのだが、赤屍はしっかり博士の分のお代も置いて、立ち去ろうとする。
 
 その背中に博士は声をかける。

「楽しみにしている。シャッカル。これからどのような事が起こるのか。その刻の中で君に変化はあるのか否か」

「ご自由にどうぞ」

ひらひらと手を振って、殺人鬼はテラスから去る。

「気分を害させてしまったな」

 向かいの空になったカップを見つめて、フッと微かに苦笑を浮かべる。
 優雅にコーヒーを飲み干し、ゆっくりと瞳を閉じる。





そして再び青い瞳を開ける。


「……此処は何処かしら?」


きょとんとしてから、おろおろと周りを見回す。
先ほどまでの鋭い知性が際立っていた雰囲気は霧散し、あどけない歳相応の少女のように彼女は戸惑っている。
まったく覚えの無い風景に少女は怯え始めた。



「こんな所にいたのかい?俺のアリス」



振り向くといつの間に現れたのか、白いスーツ姿の男が後ろに立っていた。


「カガミ!!」


ぱぁっと少女の表情が花開く。
素早く椅子から降りて、男に抱きつく。

「ここは何処?どうして私はここに。どうして…」

見知った存在に会えた安堵に涙腺を緩めながら、興奮した様子で男に回答を求める。
男は少女を宥めながら、くすりと笑う。

「心配ないよアリス。ちょっと気違いお茶会(マッドティーパーティ)に呼ばれただけさ」

それでも、まだ怯えが拭えない少女の肩に手を置く。
「心配いらないよ。君には俺がいるだろう」と言ってゆっくり歩き出す。
少女ははにかみながら従う。

テラスから出るとき。男は一度だけ視線を少女から外した。
先ほど最強最悪の殺人鬼が歩いていった方へ――

くすり。


笑みをひとつ零して、







ふっと白い男と少女の姿は立ち消えた。


end