誰かの一番になりたい。
日常で拡散している意識が、その強烈な欲求一つに集約する。

一番になりたい。一番になりたい。

ただその欲求が、獣のように嵐のように激しく体中を巡って肌を突き上げている。





卑弥呼は俯いた。居たたまれなくて、自分がとても恥ずかしかった。

「今日はお引き取り願いませんか?」

赤屍は背に卑弥呼を庇いながら、青年に向かっていった。

「まぁ、貴方すべての責任では無いようですが」

その言葉に少し離れていた青年が俯いた。――その青年は、今、卑弥呼が交際している相手であった。
悪い相手ではない。むしろ裏家業をやっていることがオカシイ程、気だての良い人間であった。
彼はやっと顔をあげると、卑弥呼に声をかけて去っていった。

「また連絡するよ。卑弥呼ちゃん、本当にごめん」

――貴方が悪いわけじゃない。

口を開いて伝えようとした言葉は、しかし空気に放たれることなく卑弥呼は唇を閉ざした。
彼に優しく請われてホテルへ行った。
頷いた時は、抱かれて誰かのものになってみるのも悪くはないと思った。けれどいざその時になれば、自分をさらけ出すことに恐怖を覚えた。
おざなりに脱げかけた洋服を纏って、卑弥呼は裸足で逃げ出した。
路地を走って角を曲がれば、本当にたまたま仕事帰りの赤屍と遭遇した。
着衣が乱れている卑弥呼と卑弥呼を追いかけて来た青年を見て、赤屍はある程度事情を察したようだった。
赤屍は素早く卑弥呼を背後に庇い、追いかけてきた青年に応対したのだった。



「さて…落ち着きましたか?」

振り向いて声をかけてきた赤屍に、卑弥呼は困惑する。
落ち着く?自分はあの時から心が平静になった事など、一時でもあっただろうか?
しばらく間をおいた赤屍が、ゆっくりと静かな声を響かせる。

「――美堂クンにフラれてしまったからといって、自暴自棄になるのはお止めなさい」


卑弥呼は目を見開く。

「彼が一人目と言う訳ではないんでしょう?自分を傷つけるだけですよ」

「だって!!」

冷静な口調の赤屍に対し、卑弥呼は声を荒らげた。
その場にしゃがみこみ、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしって、顔を歪める。


「寂しくて、頭がどうにかなりそうなんだもの!」

蛮に長年の想いを告げて断られた。
元々叶うはずの無い恋だったことは知っていた。
だが卑弥呼は唐突に気づいてしまった。
自分は蛮の一番では無い。彼の一番はあの金髪の青年で、自分ではない。

それどころか、

自分は誰の一番でもない。

身を貫くような哀しみと、喉が裂けてしまいそうな強烈な飢餓感が卑弥呼を襲った。

例えば卑弥呼が死んだら、知り合いも少しは悲しんでくれるだろう。だが卑弥呼は所詮「特別」ではない。卑弥呼の死はいつしか受け入れられ、人生の流れる景色の一つにしかなりえない。

そう思うと溜まらなかった。

誰か、誰か、誰か

他人を求める自分の慟哭に、きりきりと胸が軋んだ。

そんな時だ。卑弥呼が同業者から告白されたのは。
卑弥呼はそれを受け入れた。
けれど長くは保たず、続いて二人、三人と短い交際を続けた。
きっとさっき去っていった青年とも、別れることになるだろう。

早く誰かの一番になりたい。焦りだけが生まれる。

誰かの一番になりたい。

たった一人でいい。切実に存在を求められたい。一番に求められたい。だってそうでなければ、自分はこの世界の一風景にしかならないから。



誰かの一番にならなければ


生きている意味は?


「…私の・・・存在している意味は・・・何処にあるの…?」

卑弥呼は泣いていた。
屈んだまま押さえきれない嗚咽を漏らして、唇を噛んでいた。

「……誰かの一番じゃなければ、貴方は存在出来ないと?」

クククッと赤屍が低く喉で笑う。

「…不思議なことを仰いますねぇ。誰かの一番大切な人間になれば自分は存在しても良いと言う思考。そうでなければ存在してはいけないと言う思考が私には理解出来ない。自分の存在理由を他に委ねようなどとは私には考えもつかないことですよ。だが」


――それでこそ、ちょうど良いのかもしれない


卑弥呼さんと、赤屍が呼ぶ。

「私にしておきませんか?」

「えっ?」

泣きはらした目で見上げると、赤屍がすぐ側で立ち卑弥呼を真っ直ぐみつめている。

「貴方は付き合う方がみんな善良だから居たたまれないのでしょう?自分の寂しさを紛らわせるように利用していることに耐えられない。だから私にしておきなさい」

「…意味がわからないんだけど…」

赤屍はクスッと笑って、唇を指でなぞった。

「私と付き合いましょう。卑弥呼さん。」

言われた内容の唐突さに、卑弥呼は声も出来なかった

「私は薄情さには自信がありますから貴方の良心が痛むこともないでしょう。それに私としても、貴方と交際してみることは利点がある。私には自分の存在理由さえ揺るがす程の、激しい男女の情がわからない。けれど貴方と付き合えばその命題の答えがみつかるかもしれない。」

そう言って赤屍はいたずらっぽく笑う。

「だから是非頑張って、私の一番になって下さいね」


赤屍が膝を折って卑弥呼へ顔を近づける。

さらりと髪が揺れて後ろ首を支えられたと思った時には、卑弥呼はもう死に神から口づけを受けていた。




誰よりも冷酷な彼の口づけが、過去の誰よりも甘いことが溜まらなく不思議だった。




end






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