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GB*屍卑
突然降りだした雨に、赤屍と卑弥呼は、近くの木の下に逃げ込んだ。
「すごい雨」
卑弥呼はハンカチを取り出し、濡れた肌や髪を拭った。赤屍は帽子についた水滴を払った。帽子のつばが大きいため、赤屍の服はあまり濡れていない。卑弥呼は少し笑った。
仕事は一段落している。後は依頼人に運んだブツを届けに行った馬車が、自分達を拾いに戻って来てくれるのを待つばかり。
それまで2人は、この木の下で時間を潰す事にした。
「馬車さん、遅いわね」
「そうですねぇ」
「雨、止まないわね」
「まったくですねぇ…」
沈黙。
今日の赤屍は喋る気分では無いらしい。普段は意外に口数の多い男で、話題に困ることはないのだが、何分気分屋なので、喋らない時は一向に喋らない。まさしく貝のごとく。
卑弥呼は訪れた静寂に、人知れずため息をつく。別に今更沈黙が重いなどとは、微塵も思わない。ただ今日は卑弥呼と赤屍は実に、一ヶ月ぶり顔を合わせたのだ。最近はどちらも忙しく、食事ですら一緒にとっていなかった。普通なら電話でもして声だけでも聞くのだろうが、卑弥呼は『柄でもない』と思ってかけることが出来なかった。しかもこの男、いつもは意外なマメさを見せてかけてくるのに、そういう時に限ってかけてこない。
そして、やっと顔を合わせたというのに、この沈黙。
話題を振る能力が低い卑弥呼も悪いのだが。しかし普通のカップルなら、会話が断然弾む場面ではないだろうか。合わなかった一ヶ月の穴を埋めるように、お互いの近状を尋ねあって盛り上がる…。いや、自分達を普通のカップルと同列に扱うのは、我ながらおこがましいと思う。もっといえば、いつもは安易に普通という言葉に溺れる人々に多少の嘲りすら感じているのに、こんな時だけ普通を羨むのは卑怯だ――。
「綺麗な雨音だ」
隣りから聞こえた、意外な発言に驚く。
機嫌が悪い訳では無いらしい。赤屍はクスリと笑いながらこちらを見ていた。
「退屈ですか?」
「別に…」
「一つ余興にでも、赤い雨でも降らせましょうか?」
「結構よ!!」
どんな余興だ!!と元気良く吼える卑弥呼を楽しそうに眺めた後、赤屍は木の根元に座った。
卑弥呼も倣って座る。
再びの沈黙。
2人の間に、ザァーと心地よい水音が落ちる。
ぼやけた景色。激しい雨は霧のようにも見える。卑弥呼は地に落ちて跳ねる雫を、ぼんやりと眺める。
「…卑弥呼さん、寒いですか?」
半袖から覗く、腕の様子から察したらしい。
「まぁ。ちょっとね。でも」
気にする程じゃない。言い終える前に、赤屍の腕の中にすっぽりと捕まった。
「ちょ、ちょっと!何すんのよ!!」
「失礼。ただこちらの方が暖かいだろうと思いまして」
「だっ、だからって…!!」
「卑弥呼さんは明日も、仕事があるので無いですか?」
「そっそうだけど…」
「おや、これでもまだ納得なさりませんか?ではこれは、ペナルティという事で」
「ペナルティ?」
きょとん。とする卑弥呼の耳に、赤屍は後ろから顔を寄せる。
「連絡をくれなかった罰ですよ」
どうしてくれなかったんです?待っていましたのに――。
耳にかかる息に、ドギマギする。これがペナルティというのならあんまりだ。
絶対本気で言ってる訳ないのに、
ちくしょう。
卑弥呼は観念した。
それを見て赤屍はにっこり微笑む。
まるで幼子によく出来ました。とでも言うような、その顔。
癇に障ったが、今日は何を言っても負けそうな気がして口を噤んだ。
赤屍も、口を閉じた。
ザァーという音は遠く。それを背景にポタポタと近くで、葉から零れる雨音が踊った。
その後。
しばらくして何も知らず到着したミスター・ノーブレーキは、顔を真っ赤にしているレディポイズンとご満悦のDrジャッカル、旧知の2人の重なっているシルエットに、おろおろと青ざめたという。
『子守唄」
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