魔 女 は  し て 

          な お 生 き る 者 を 見 る 。







かろうじてアスファルトで舗装されている田舎道は、夜闇に紛れてしまうようだった。
ざわざわと、夏の熱風が周囲の木々を揺らす。


鈍く光る剃刀色の瞳は、そのまま男の内面を表している。

「話していた通り、お前達にはあのケースをF港まで運んで貰う。どんな手段を使ってもかまわん、奴らより先にF港へ行け。妨害者はすべて抹殺しろ。もっとも掴んだ情報によると奴らは、最強といわれる運び屋を雇ったらしいな。せいぜい心してかかることだ。――わかったか」
 
馬車と卑弥呼が頷く。
渋い緑の軍服を着た男の後ろには、悪趣味なマスクをつけた彼の部下がずらりと並んでいる。
彼らは上官の命令一つで、自分達に銃を向けるだろう。
用心した方が良い。
隣の馬車と視線で会話してから、トラックに戻った。

「私、軍服なんて始めて見ちゃった」
「ワシもだ」
「どう思う?」
「やぁな仕事じゃき」
「気をつけろ、味方の銃。ね。あのブラッドっていうも男も只者じゃないわ。あの男からは妙なオーラを感じもの。まるで自然の摂理を変節させたような…」

そう、あの男は何かが可笑しかった。何かが決定的にズレている。
あれはまるで…


――今回の運び屋の仕事は、馬車と卑弥呼で行う。依頼人はブラッドという某国の元軍人。
仲介屋の話ではどうも曰く付きの人物であるらしいが、卑弥呼も馬車も運び屋の原則に従って何も尋ねなかった。
依頼内容の方は、預けられたジュラルミンケースを、船が待つF港まで運ぶというものである。それ自体は問題無いが…


「ところで、卑弥呼。さっきから何をしちゅうんだ?」

ギクっと目を泳がせて、「あー…」と言葉を繋げる。

「……ちょっと、服に付いた毛を」
「毛?ペットでも飼い始めたか?」
「…まぁ。その色々あってね。その、ペットを」

飼い始めて。
という最後の言葉は尻すぼみで、そのまま二人の間に少しの沈黙を落とした。
二人とも敢えて避けようとしているが、頭では依頼人の言葉がぐるぐると回っている


――妨害者は最強と言われる運び屋を…


ぽつりと零した年下の同業者の言葉は、馬車も激しく同感だった。

「すんごく嫌な予感がするのよね…」 
 






同時刻。

二人の運び屋が走るトラックの後方、同じくトラックに揺らされて目的地に向かっている運び屋がいた。
熱帯夜にも関わらず、身を包むコートは髪と同じ漆黒。それと同じ色の帽子を胸にあてて、口角を吊り上げる。

「楽しい仕事になりそうですね。――とても。」





F港に続く道は山道である。
今は上りで、ミスターノーブレーキの運転も普段に比べるとゆっくりである。
曲がりくねった危険な道。この山道の事故は死亡率が高いことで有名である。事実、カーブの際ちらちらと見られる白いガードレール下の花束に不吉なものを感じずにはいられない。それでも免許とりたての卑弥呼と違って、ミスターノーブレーキの運転は安心だ。
まんじりと優秀腕利きと名高い運び屋2人が、夜道をじっと見つめている時、それは唐突に訪れた。

頭上で響いた物音。

敵襲か。
卑弥呼が腰を浮かせるより早く、それは2人の前に現れる。
トラックのボンネットの上。お決まりのコートをびらびらと風ではためかせている姿は、2人が最も見たくないものだった。
同業者2人の青ざめた顔色に赤屍は頓着した様子を見せない。
彼は暢気にフロントガラス越しに手を振ってくる。
声は聞こえないが、口の動きから察するに「こんばんわ卑弥呼さん。お久しぶりですね、馬車さん」とでも喋っているのだろう。

ぼんやり回転の鈍い頭で考えていると、目の前で赤屍がメスを振り上げた。
運転席のフロントガラスが勢いよく割られる。

「馬車さんっ!!」

卑弥呼が悲鳴を上げる。
馬車は咄嗟に顔面を左腕で庇った。卑弥呼の声に遅れながらも「大丈夫だ!!」と答える。
感心すべきか呆れるべきか、右腕はしっかりとハンドルを持ったままで、車はまったく失速しなかった。
 
「次は左側を割ります。さぁ早く出てきて遊んで頂けますか、レディポイズン。私も出来ることなら女性の顔に傷はつけたくない」

割れたガラスから赤屍は悪びれず飄々と、顔を出す。
卑弥呼はキッと睨んだ。

「上等!」

トラックの上にのぼった途端、攻撃を仕掛けられた。
紙一重ならぬ、服一重でメスを交わせたのは、今のは最初の挨拶代わりだったせいだろう。

「クスッ。敵として貴方と会うのは久しぶりですね。レディポイズン」

「誰だってあんたの敵に回るのは避けたいんだけどね。嫌われ者のジャッカル」

「それは寂しいですね――依頼人が別々にしろ同じにしろスピードが求められる仕事なら、運び屋が敵対することも、まぁ無くはありません。しかしこの私ことDrジャッカル対、レディポイズン、ミスターノーブレーキだなんて、滅多に見られるものではないハイクラスカードです。運び屋業界の頂上決戦、といっても過言では無いでしょう。ねぇ卑弥呼さん?私は今、とてもわくわくしているのですよ。」

スッと赤屍の右手からメスが現れる。

「それにこれを機に、貴方の今現在の実力も測っておきたい。貴方はこれから最大限に伸びて頂かねばなりませんからね。――さぁ実力テストです。レディポイズン」

来る。
そう感じた瞬間。卑弥呼は肺いっぱいに加速香を吸い込む。この魔人相手に制限使用量などかまっていられない。

「良いわよ!計ってもらおうじゃない、私の実力!!」

熾烈な戦いになった。
少なくとも卑弥呼にとっては息をつく間がない。
毒香水でスピードを補っても、パワー、スタミナ供に到底叶わない。それに風上を取らなければ話にならないのだ。

秘薬なら一応持っている。この仕事は同業者と争うことになるらしいと聞いた瞬間から、嫌な予感はしていたのだ。
赤屍の攻撃は容赦がない。卑弥呼の体には無数の傷がつけられていく。笑いながらやりやがって、このドS。悪態をつきながら、機会を伺う。
アレをやるには、赤屍が技を出すのを待たなければならない。一番望ましいのは、武器を真下に叩きつける――。
クスッと、殊更楽しげに赤屍が笑って、足を止める。

「頑張って上手に避けて下さいね、レディポイズン」

ふざけるな。そんなことを言うくらいなら、最初から攻撃しないでよ。
と思うが、彼が利き手を頭上に挙げたので良しとする。
見覚えのある姿勢。

赤い雨(ブラッディ・レイン)

 
感謝するべきなのは、彼にだろうか。神サマとやらにだろうか。
レディポイズンはニヤリと笑った。
降り注ぐメスは一つだけ避けきれず、少しふくろはぎを切ったが問題はない。一通りメスの雨をかい潜った後、彼女は素早く毒香水を取り出す。
それは長年の同業者である、赤屍ですら見たことのない――。


「氷雪香」
 

小瓶を一振りしただけ。それだけでトラックの上は、真冬の路面のように凍りつき、トラックの表面に刺さったメスは分厚い氷で凍結された。

「ほう…新種の毒香水ですか?」

咄嗟に飛んで、メス同様氷付けにされることを回避した赤屍は愉快そうに尋ねる。 

「…見たことないでしょう?昨日出来たばかりなの」
「努力家でいらっしゃる」

平然と笑っていた赤屍は、しかしすぐに自身の体の異変に気づいた。
指の先から痺れが生じる。足に力が入らない。肺の辺りで何かが詰まっているようで息苦しい。咳き込むと見覚えのある赤が、氷の破片となって出てきた。

「…効いてきたようね」

「これは…?」

「氷雪香はその場のものを凍らせるだけが効力ではないの。使いようによっては、凍らせたものとまったく同質なもの、もしくはその大元まで影響を与えることが可能なのよ。…凍らせたのはあんたの血が混じったメス。だから――」

「だから私は今すぐにでも、あんたの血管の中に流れる血液全部を凍らせることが出来るのよ!」


…くっ、と赤屍が短く呻き、信じられないことに少しよろけた。
彼の手と足に向かうはずの血液をせき止めているのだから、当たり前といえば当たり前だった。

だが、追い詰めているようで、追い詰められているのは卑弥呼も同じだった。
毒香水の中で、氷や水系統のものは特に扱いが難しい。その上昨日出来たばかりの毒香水でコツも掴みきれていない。それにも関わらず人間(かどうかはすこぶる怪しいが)の血液に術をかけるということは、一つ間違えれば命を落としかねない。

卑弥呼の表情は一見淡々としているが、内心は冷や汗が流れている。
氷雪香の調節をするたびに、殺してしまうのではないかと、じりじりと恐れで追い詰められていく。
このまま徐々に徐々に血液を凍らせていったら、鋭い氷の刃となった血液が心臓を傷つけるのは時間の問題だった。それまで凍った血液は、血管を食い破り肉を切るだろう。
その痛みは、ガラスの破片を飲み込む以上に酷いもののはずだ。
惨い真似だ。
明らかに自分の性にはあっていない。
早く止めたい。卑弥呼は焦りで苛苛した口調で言った。

「さぁ、今回は私の勝ち。さっさとギブアップしなさいよ。このままだとあんたの本懐とやら。一生見られなくなるわよ」
「……まぁまぁですかねぇ」

赤屍咳き込んで丸めていた背をスッと伸ばす。
瞳には不穏な光が宿る

「クックックッ…私の血液に目をつけるとは、良い着眼点です。しかしお忘れですか――私は、赤屍蔵人なのですよ?」



一斉に氷が割れた。

大量のメスが空を切り、赤屍の手元に戻っていく。
卑弥呼が盛大に舌打ちする。

「わかっていたわよ!あんたが心臓どころか呼吸器官血管皮膚ぜんぶが鉄で出来てるってくらい!」
「恐れ入ります」
「褒めてない!!」

四方からメスが飛んでくる。卑弥呼は火炎香で応戦する。

「困ったものですねぇ。卑弥呼さん。一年前より技のキレがおちていらっしゃるようですよ。サボるのは感心しませんね。」
「冗談!ほいほい仕事丸投げ男のあんたにそんなこと言われたくないわよ!頭きた!!」

強い反論と供に、一際大きな炎を放つ。
至近距離にいながら、赤屍はひらりと余裕で、トラックの端に飛ぶ。

「もう許してやんないわ。覚悟しなさいよ!」

小さな爆発が連鎖していく。
彼女が手に持っていたのは火炎香だった。しかしその大きな炸裂音と威力は――。

「爆炎香」

 先刻、実は卑弥呼はメスと供に密かに爆炎香を凍結させていた。卑弥呼が殊更火炎香を使っていたは、このためであった。





…目を覆う煙が消えたそこには、卑弥呼が一人佇んでいた。
彼女は安堵の息をついた。最初から切り札を使わせられたのは手痛いが、被害が最小限に済んだことには変わりはない。依頼品は盗まれていないし、自分の命も落としてはいない。
当然あいつだってあの程度で命を落とす筈もなく…という事実は、これで終わる訳がないという現実を示唆していたが。
そう考えながらも、心に引っかかるのは、最後の一番大きな爆発の寸前に男が残していた言葉。



 ――卑弥呼さんは、依頼品の中身をご存知なのですか?