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Je te veux (前編)
笑師、と呼ぶ声に友人以上の響きを感じるようになったのは、ごく最近のこと。
気のせいだ。繰り返し自分に言いきかせているとは裏腹に、彼女の様子からそれが避けようのない事実になりつつある時だった。
「ねぇ。笑師って好きな子いるの?」
四天王の中で唯一、塔出身者の男。
鏡はとても珍しい事に職場に来て、笑師に絡んだ。(といっても、勿論仕事はしていないが)
何を考えているのかさっぱり分からない笑顔。正直言葉につまった。
少し離れた所にはマクベスと、秘書役である彼女も勿論側にいる。
笑師は、頑張って明るい声をあげた。
「……何や、随分いきなりですな―!鏡はん」
「うん。戦いの観察も、ちょっと飽きちゃってさ。今度は恋愛観察しようと思ってるんだよねvけど、そうすると忙殺されているマクベスや超堅物の十兵衛には聞けないし。サトリの不動は諸々の問題で論外。そうなると、この中で一番まともに恋愛してそうな男といったら、笑師くらいだからね。白羽の矢が立ったのも納得行くだろう?」
「はぁ…。色男ホストの鏡ハンに観察されるような事は無いと思うけど。良いですわ。教えたりますよワイの想い人♪」
そこで、腰に手を当てて仁王立ちの格好で立ち上がる。
マクベスは無視。彼女も表面上は完璧に無視している。鏡だけは、わぁ〜と歓声をあげてパチパチと拍車する。それはもう、とてもわざとらしく。
笑師は心の中で、手を合わせる用意をする。
「マイスゥゥィートハニィィーの名は!それは螺堂レン。薬屋のレンちゃんや!!なんてたってレンちゃんはワイのふぁすときすの相手やもん。あぁ思い出すだけで…!むちゅっ〜vv」
笑師は、摩擦で擦り切れる程、手をこすって謝りまくった。
えらいすんまへん!朔羅はん!!!
人を傷つけた後は、いつだって気が重い。
今日は仕事も早く片付き、下層で喧嘩事も起きなかったため笑師は自分の家へ向かっている。
一族の居住地にある自宅に戻るのは久しぶりだ。いつもはVOLTSの本部で寝ている。
しかし、本来なら一族の子供にどんな事を言って笑わせようとウキウキする足取りも、今日は限りなく重い。
あの後。
好きなのはレンと告白した後、鏡は「へぇ…?そうなんだ」と、さも意外だねというようなニュアンスで笑った。
それからあろうことか
「実は俺もあの子狙ってるんだよね。勿論俺の永遠のNo1はもう決まってるけど。ハニ―は俺の女神だからね。けどレンちゃんも、なかなかどうして良い線いってるんだよ。あの強がっているところとかゾクゾクするよvv」
内心「あー、そでっか」状態だったが流れ的に乗るしかない。
笑師もレンの良い所を挙げていって話に花を咲かせた。
その話の途中、彼女はいつもと変わらない様子で、マクベスに「サウスブロックの見回りに行ってきます」と定時巡回に席をたった。
マクベスが溜め息をついて、困ったようにこちらを見たのがわかった。
しかし、どうしようもなかった。
勿論。笑師にだって好きな女性と付き合ってみたいという欲求は人並みにある。
可愛い子が側にいればドキドキするし、綺麗な女性を見るとデレデレしてしまう。
しかし実際になると、どうしても逃げ腰になる。そういう好意を向けられて戸惑うのは、経験が無いから。彼女が自分などとは到底吊り合わない完璧な女性であるから。
何よりも…怖いからだ。
傷つけてしまう。付き合ったら、もっと距離が近くなって今日よりずっと傷つけてしまう。ならば今のままで良いと考えた所でそれは言い訳だと直感する。
本当は自分の今のポジションを動きたくないだけ。ふざけた道化者という立ち位置。そこから動いてしまったら、何かが壊れてしまいそうで、怖かった。
呆れてしまう臆病さ。
「……こんな男なんて、止めとくのが一番やで」
人を故意に傷つける人間の大半は手に負えない臆病者で、その行為は過剰防衛にすぎない。そんな事は、この年になれば嫌でもわかる事だった。
狭量や。狭量。
今日傷つけたのは自分の器が、小さいせいだ。
陰鬱に落ち込んで行くのを止める術はなかった。力無い足取りで歩く。
すると微かな悲鳴が聞こえた。
同時に感覚は鮮明に殺気を捉えた。
笑師は全力で駆けだした。
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