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「・・・卑弥呼に怪我は無いんだな?ジャッカル」
馬車は微かに聞こえてくる、卑弥呼の規則正しい寝息が聞こえてきたのを確認してから、前方の道路を見たまま隣の助手席に座っている赤屍に問いかけた。
赤屍は手元のメスに視線を下ろしまま答える。
「ええ、怪我はなかったご様子でした。ただ加速香、爆炎香などの過多の使用と睡眠障害が身体に負担をかけてしまっているようですね」
赤屍は後ろ数時間前に自分が座っていた場所を見る。そこには卑弥呼が身体を丸めるように寝むっていた。目の下にはうっすらと隈がある。先ほどの夕方の敵襲を片付けて帰還した時に卑弥呼は疲れたように「悪いけど、少し寝るわ」といって後ろのいつも赤屍が座っていた場所の壁に寄りかかり目を瞑った。だが寝息が聞こえてきたのはつい今しがた、卑弥呼が「寝る」といってから悠に二時間は経過していた。
馬車は心配した。卑弥呼は生真面目でプロ意識も強い。その上極端に子供扱いされるのを嫌う性格だ。
その彼女がが仕事中に「寝る」。普通では考えられないことだ。よほど具合がわるいのか、怪我でもしたのか。
今日の卑弥呼の違和感を抱かせる様子と相まって馬車はずっと気にしていた。
「・・・加速香と爆炎香か。そんな無茶な闘い方をしちょうか」
量を間違えれば致死に至る加速香。レディポイズンの名を持ちながらその扱いの難しさに最近まで携帯していなかった爆炎香。
長い付き合いだ。武器のポイズンバヒュームはほぼ把握している。だからこそ、意味を察知し眉を潜めた。
「無謀な戦闘、危険な仕事。最近は特に自ら危険な仕事を好んでいたようですね。なにせこのところ卑弥呼さんのお仕事は、私もご一緒させていただく事が多かったですから」
赤屍は相変わらず何を考えているか伺えない薄笑いを浮かべる。
馬車はしばし沈黙した。この殺人鬼は誰もが嫌がるような危険な仕事に嬉々として飛び込んでいく。卑弥呼はそんな男と重なるような仕事ばかり選んでいる――。
「ジャッカル。・・・頼みがある。」
依然として前を向いたまま低い声で赤屍に申し入れる。赤屍は再びメスに落としていた視線をスッと横の運転手に向ける。
「もしこれから卑弥呼が、無茶な闘い方しようとしたら」
「止めてやれ、ですか?」
クスッと笑いながら再びメスを拭きだす。
「さてそれはお約束出来かねます。いかに長年のつきあいがある貴方の頼みでもね。私の行動原理はおもしろいか、おもしろくないかということが重要でしてね」
「ジャッカル」
「――しかし、レディ・ポイズンは現在大切な仕事のパートナーであり、得難く有能な運び屋でもある。なにより彼女はまだ真の力を見せていない。彼女の力はまだまだ開花するでしょう。彼女の運命の下にね。私は是非100%の力を解放したレディポイズンと手合わせしたい。ですから卑弥呼さんが敵に倒されそうなときは、私が代わりにその敵さんを倒して差し上げる事はお約束できますよ。」
馬車はその言葉に安堵した。その様子に赤屍はおかしそうに口の端をつりあげた。
「クス。本来なら他人に干渉しないタイプの貴方が私に頼みごととはね。そんなにレディ・ポイズンが気に入っていているのですか。ミスター・ノーブレーキ?」
馬車は呆れた声をあげた。
「それは、おんしも一緒だろう。」
答えず、片手でメスを拭いていたハンカチを仕舞い、帽子を押さえた。そのため目元は分からなかったが、口元は笑っていた。
「さっき卑弥呼を突付きおって何をいっちょるやら。・・・っておいそれは何だ?」
赤屍はハンカチを仕舞って違うものをその手にしていた。
「これですか?これは私が昨晩徹夜して作ったパウンドケーキですvv砂糖の量とドライフルーツの量を調整するのに苦労して作った甲斐があって自分でも良い出来なんですvv馬車さんも如何ですか?」
ミスタノーブレーキは、その名に反してブレーキを踏んで車から降りたくなった。
自分がこれ以上仕事を放棄したくならないように、馬車は赤屍と会話をしないことに決めて運転に集中することにした。赤屍は「おや残念です。自信作なのですが」といって、ニコニコと笑いながらもそもそとケーキを食べる。存分に賞味しながら食べ終えると赤屍は口の中で呟いた。
「しかし、いつもは冷静に仕事の成功を最優先させるはずのレディ・ポイズン先ほどの判断。車の中での明朗な微笑み、戦場の昏い愉悦。あれは――」
赤屍の瞳が鋭く光った。
ヘリは火の粉をまき散らしながら墜落していく。
「実に楽しい仕事ですね。レディ・ポイズン」
「最低の仕事よ。今日一日で何人倒せば良いんだか。」
溜息をつきながら、五基のヘリによる銃撃をくらってボコボコにへこんでいるトラックの上を魔女は見渡す。
短い睡眠からたたき起こされて、これで五度目の襲撃だ。うんざりする。
「いやはや、わくわくしますね。後何人敵さんは来てくれるのでしょうか」
「おあいにくね。後10分で目的地よ」
「クス。ではあちらの方々が最終ですね」
「!」
はっと赤屍の視線の先を追う。
疾走するトラックの先、そこには――何人いるのだろうか。おおよその目算でも軽く100を越す人々が、多きく広がった道路で各々武器を持って待ち構えていた。
ドクリ。と卑弥呼は闘争心が沸き立つのを感じた。
「馬車!!」
年若い司令塔の合図に運転手は瞬時に反応した。最大速度でトラックは敵の中に突っ込んでいく。驚きと悲鳴を上げながら、敵は慌ててトラックをさけていく。
敵の集団を一気に突き抜ける。自分が風上に立った事を確認した卑弥呼はポイズンパフュームをとりだし、蓋をあけて小瓶ごと多勢の敵に放った。
「爆炎香」
ゴオォォォンと地面を揺らす爆発音が響いた。夜の闇の中でオレンジ色の炎がメラメラと大きく育っていく。瞬く間に辺りは火の海となった。
しかし流石に敵も猛者ぞろいだったようだ。爆発を辛くもくぐりぬけた敵がトラックに迫って来る。
「後は兎狩りですねv」
迫り来る敵を一網打尽に真紅の剣でなぎ払い、ジャッカルは「では行ってまいりますvv」と喜び勇んで、轟々と燃える炎の中に敵を求めて飛びたって行った。
「・・・・・・・」
卑弥呼は目を閉じた。
後はジャッカルに任せておけば良い。敵の数も爆炎香りで三分の一に減ったはずだ。このまま馬車と一緒に目的地に行けばよいのだ。
だが冷静な理性の声とは裏腹に、抑え難い戦闘の渇望が卑弥呼を貫く。
――闘いなさい。
――倒しなさい。
その声を聞いた時だった。
衝動が、仕事を優先するプロ意識を凌駕する。
「ミスター・ノーブレーキ!あんたはこのまま依頼人の所まで突っ走って!!」
運転席に向かって叫ぶだけ叫んだら、卑弥呼はトラックから飛び出した。
敵はあらかた片づいている。爆炎香の上にDrジャッカルが出たのだから当たり前だ。
卑弥呼は自分がトラックから飛び出してきてわざわざ闘う理由を、理性的な見地から見出せず焦った。
自分がここで闘うのは、倒した敵がトラックを追わないようにするためだ。
加速香で舞うようにして次々と敵を倒しながら、必死にその理由で納得しようと努める。
敵を蹴散らしながら、徐々に覚えのある激しい破壊衝動が身体の奥から燃え上がってくるのを感じた。
――破壊しなさい。殺戮を望みなさい。血の飛沫を。もっと。
突然、加速香を使用していたにも関わらず敵に腕をとられ、地面に叩きつけられた。
痛みに呻くと、卑弥呼を捕らえた敵も驚き声をあげ、卑弥呼にはわからない言葉でまくし立たてた。恐らくは自分の性別に驚いているのだろう、と察した。あれだけの数の部隊を壊滅状態に追い込んでいる一味の一人が、年若い女だということに驚くのも無理はない。
段々と敵の男の顔が歪み好色の色を帯びてくる。絶対の数の有利、確実な勝利があっけなく崩壊し壊滅状態になっていることで、敵の精神の均衡も危ういものになっているようだった。
男の顔が近づいてくる。卑弥呼は身の危険を感じながら顔を背けた。男の息が荒くなり、衣服を掴んだ。
すると背けていた顔に、いっそ妖艶な笑みが浮かび、まるで誘いかけるように卑弥呼は男の耳元に囁いた。
「死ねよ。下種が」
耳に女の甘美な匂いが吹きかけられたと認識のと、男の身体に異変が起きたのはほぼ同時だっただろう。男の身体の穴という穴から血が勢いよく噴出したのだった。
卑弥呼は腕の束縛がとれた。彼女はすぐさま立ち上がって、虎視眈々と他にも女の身体を得ようと狙っていた他の敵の男どもにも甘い香りをかがせてやった。
「赤死香」
卑弥呼の周りで大量の血飛沫があがった。敵は次々に倒れていく。その光景を眺めていると、腹の底から哄笑してやりたくなった。酷く残虐な気分が胸を満たすのを感じた。
――殺しなさい。みんな殺してしまえば良い。私を苦しめるものすべてが滅ぼしてしまいなさい。そしてあの男を・・・。
「死んでしまいますよ」
いつのまにか赤屍が前に立っていた。
その男の普段通りの、いっそ軽いともいえる声の調子が、卑弥呼を我に返した。異常な程高揚していた体に、冷水をかけられたようだった。卑弥呼は周り見渡し、血液を大量に流して倒れている敵に青ざめ戦慄する。
慌てて別の小瓶をとりだす。
「解毒香」
卑弥呼の使用する毒はただの薬ではない。呪術の媒体だ。魔女は激しい動揺を感じながらも、集中して呪術を施す。
際どいところだ。ここまで赤死香に毒されて助かるかどうか・・・。
「別にいいじゃないじゃないですか、死んだって。敵さんだってプロなのですから」
卑弥呼の思考を見透かすように赤屍は言った。その言葉に集中力を乱されないように一心に解毒香を操る。答えない卑弥呼に代わって再度赤屍が話題を変えて言葉を繋ぐ。
「赤死香を自ら口に含んで攻撃するとは、無茶をなさいますね。レディ・ポイズン」
「・・・ああいう下種な輩が嫌いなだけ。プロのくせに仕事を忘れるなんて最低よ」
言いながらプロのくせに仕事を忘れる?自分も人の事を言えないくせにと内心自嘲する。
「クス。本当にそれだけ、ですか?貴方のその殺気には見覚えがあります。闇の憎しみ、光の微笑。そうまるであの時の――17歳のバースデイが近づいていた頃の殺気ですよ。今の貴方が放っているものは」
赤屍の声と供にパチパチと炎が奏でるかすかな音が耳に入る。爆炎香の残り火は弱まりながらも、明るく夜の道路を照らしていた。
解毒香の栓を閉める。辛くも敵は敵の一命はとりとめられた。魔女は額に上った冷や汗をぬぐい安堵の息をついた。
しかしその安息は、すぐに水を差される。
「元々、殺さずを信条にしている貴方は、しかし現在揺らぎ抵抗しながらも、自らの血に飢えた獣に圧倒されかけている。その心の揺らぎ。そしてそのゾクゾクするような血に飢えた獣、戦闘への渇望が再び覚醒した理由。それは苦しみや悲しみから逃れるためのものではないのですか?」
男が続けようとする言葉が分かる。
言うな。と叫びたかった。口を閉ざさせたかった。しかしすでに身がすくんでしまってそれも叶わなかった。
「――美堂クンに拒絶されてしまったのですか?卑弥呼さん」
胸が、張り裂けそうだった。
違うと叫びたかった。そんなの認めないと声をあげたかった。手がわななき足はがくがくと震える。見透かされた羞恥と動揺で自分を制御する事ができない。
卑弥呼の様子を他所に淡々と赤屍は言葉を続ける。
「あの一年前の ささやかな奪還 の時に貴方は17歳のバースディを迎え、宿命どおり女王と一つとなり、貴方はブドーゥチャイルドとして愛するものをその手で殺すはずだった。それをあの二人の奪還屋によってあなたは宿命から解放され、女王は貴方の中で眠りにつき、貴方は本来の貴方の
を生きられる事になったことになりました。だが、愛するものからの拒絶によって貴方の中で激しい動揺が起こった。それによって貴方の中で眠っていた女王が目を覚まし、貴方に囁き始めた。
テナンとしての務めをはたせ、殺戮を求めよ その声は絶え間なく貴方を襲っている――貴方は今とてもお辛そうですね。レディポイズン」
自分は今、息をしているだろうか。大きな混乱の中で息の仕方すら忘れてしまいそうだ。
そう、とても辛い。膝が崩れて地面に倒れてしまいたいほど。
「なら、私と契約を結びませんか?」
卑弥呼は憔悴しきった顔をあげた。
青みがかった灰色に微かに橙色の炎を映す、赤屍の瞳が静かにこちらを見ていた。<
「貴方とは長年同業者としておつきあいさせて頂いている仲です。そんな貴方がそのようなご様子では、こちらとしても聊か心が痛みます。何よりも貴方は真のブードゥチャイルドとしての力を100%の力をまだ開花させていない。そのような方がこのまま自滅していくのを黙って見過ごすのは、とても惜しいのでね。ですからこのような契約は如何でしょう。貴方は今お辛いのでしょう?寂しいのでしょう?ですから私は貴方に 私を差し出します。そしてその代わりに時が来たら 貴方 を私に下さい。つまり――」
黒衣の殺人鬼はこれ以上ない優雅な微笑みを浮かべる。
「私とお付き合いしませんか?勿論そういった意味で。私は貴方が望むものすべてさしあげます。その代わり貴方の力が100%解放された時、もしくは私が貴女を、貴方が私を。どちらかかが相手を見限る時。その時、私と本気で闘って頂く。無論命をかけて――という契約です。如何ですか?工藤 卑弥呼さん」
残忍、冷酷と称される男の声はその時、怖いくらい優しかった。

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