魔 女 は   盟 を 交 わ す 。





「お前を女としてみる事は出来ねぇよ。」

18歳の誕生日だった。

「お前は邪馬人から託された、大切な俺の妹だ。」

その日は雪が降っていて

「・・・早く、違う男見つけな」

その日はとても寒くて

「じゃあ、な」

寒すぎて胸が凍り付いて、壊れてしまいそうな、冬の日だった。







                                        □     ■     □


 喚き散らす目覚ましを黙らせ、手に取ると朝の指定したきっかりの時刻を示していた。
 今日も仕事だ。午前中に依頼人と最終打ち合わせをし、昼ごろには出発して依頼の品を運ばなければならない。
 卑弥呼は強い眠気と寒さで動かない体を叱咤して、ベッドから抜け出した。

 だが早く支度をしろという理性とは裏腹に、卑弥呼はぼんやりと窓の前に立つ。
 窓はどんよりとした鉛色の雲を映し、卑弥呼に爽やかな朝の気分を与える事を拒否していた。気分が沈む。


 ――あの日も、こんな空だった。

 くすんだ鉛色の空から、純白の雪が降り積もった日。あの長かった恋が終わった日から一ヶ月が経った。未だに胸の苦しさに呻く。夢に見るほど引きずっていて、とてもじゃないがまだ吹っ切れそうにない。

 ずっと好きだった。

 あいつと兄貴と自分で共同生活を送っていたときから、実の兄貴を殺し自分達を裏切ったと本気で憎んでいたときでさえ、その憎しみは「好きだ」という執着を下敷きにしたものだったと思う。
 段々とあいつをまた信じられるようになってから、そしてあの「ひとくぎりの奪還」の時も、あれから1年経った今だって、蛮への思慕は衰えず胸を焦がしている。蛮が好きだ。こんなにも好きなのに

 ――どうして、一緒に歩めないのだろう。

 苦しげ眉を寄せて、窓を拳で叩く。それからやっと理性に従い洗面所に向かう。

 あの壮絶な闘い。一人一人の「刻の奪還」をかけた闘いから1年の月日がたった。あの戦争の時様々な事が卑弥呼の身にも起こったが、1年経った現在も彼女は「運び屋」を続けていた。

 そして今日の仕事は、最近引き受けた仕事の中でも特に「ヤバイ」仕事だ。それは今日の仕事のパートナーが「ミスター・ノーブレーキ」馬車轟造、「Dr ジャッカル」赤屍蔵人だという時点で明らかなのだ。
 今は感傷に浸っている場合ではない。ばしゃばしゃと顔を水で洗い気を引き締めた。

 一度気を引き締めた卑弥呼の支度は早い。
 さくさくと朝の工程をこなしていき、玄関で靴を履く。
 だが今まさにドアノブに手をかけようとしたとき、再び追い払ったはずの睡魔が戻ってくるのを感じた。
 またか、と目頭を指で押さえた。最近、気分を切り替えて気を引き締めた矢先に眠気が襲ってくることが多い。寝不足なのだ。

 無理矢理スッキリさせた気分に水をさされて、ささくれだった気分に陥りながら、なんとか眠気を追い払おうと軽く首を振りながら家をでた。

そして

  ――・・・貴方・・・はブードゥ・・・・・チャイ・・・ド・・・・

 聞き覚えのある声が脳内でノイズのように木霊したような気がしたが、無理矢理気のせいだと自分に言い聞かせる
 だから震える肩も、悪寒などではなく冬の寒さのせいだと思い込もうとした。






                              □     ■     □

 馬車は違和感を覚えていた。

「この間の仕事は面倒だったのよ。依頼品を運ぶのに運び屋が私ともう一人。それに護り屋が五人もついてね。まったく人数が多すぎて動きづらくてたまらなかったわ。あの依頼人もあの仕事だけにいくら払ったんだか!」

 トラックの中に卑弥呼の声が響く。依頼品を目的地に 運ぶ 運び屋の仕事を始めてまだ僅か三時間時間ばかり。
 久方ぶりに結成された赤屍、卑弥呼、馬車という運び屋界の最強チームはいつも通りの運転席に馬車、助手席に卑弥呼、後ろに赤屍という定位置に座っている。

「その上。五人もいたものだから護り屋の中で意見が割れて、派手な内輪もめを始めたのよ!まったくいい迷惑だったわ。結局仕事は全部私ともう一人の運び屋がやるハメになったんだから!」

 その言葉に興味をひかれたのか、後ろでずっとメスを拭いて沈黙していた赤屍も会話に加わった。

「クス。随分血の気の多い楽しい仕事だったようですねv」

予想通りのコメントの後に馬車は尋ねる。

「・・・その護り屋達は死んだのか?」

「睡眠香で全員眠らせたわよ。でその依頼品は無事に運んで仕事は完了したはずだったんだけど――今度は依頼品受け取る依頼人が誘拐されちゃったのよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

一瞬赤屍も馬車も呆れて沈黙した。

「・・・それで、おんしはどうした?」

「依頼人を依頼品のもとに 運ぶ ことにして救出したのよ。――まったく手間の多い仕事だったわ。だから二つも 運んだ 分として依頼人から護り屋の分の報酬から何割かぶんどってやったけどね」
「しかし護り屋を五人も雇っといて、自分が誘拐されるとは随分間抜けな依頼人さんですねぇ」

「ほんとよね。――そういえば私と組んだ運び屋、新人だったけどかなり腕がたつ奴だったわ」

その言葉に「ほう?」と赤屍は目を光らせる。

「お強いので?」

「かなり」

「それはそれは。是非早くお会いしたいものですね♪」

 赤屍は心底楽しげに笑う。

 馬車は会話から少し離脱して二人の会話を聞きながら、やはり今日の卑弥呼は変だと思った。
 もともと卑弥呼は生真面目で仕事中はあまり自分から世間話は持ち出さない。時にはベラベラ喋る奴は嫌いだと公言しているほどだ。だが今日の彼女はずっと饒舌に世間話やら、自分の近状の話を喋りつづけている。いつも以上に明るい表情で、エネルギーを持て余すように快活に話す隣の同業者の様子に馬車はいぶかしんでいた。そしてジャッカルも果たして同じ違和感をもっているだろうか、と思った。

 突然赤屍の携帯が鳴った。相変わらずこのチームでは電話番の赤屍は「失礼。」と言って携帯にでる。会話をそつなく終えると、赤屍は「やれやれ今回の依頼人さんも、相当心配性のようですね」と嘆息した。なんとなしに後ろを向いて、その赤屍の様子を眺めていた卑弥呼はあることに気がついて顔を歪ませる。

「赤屍・・・」

「はい?」

「何そのストラップは・・・」

「ああこれですかv可愛いでしょう?この間仕事帰りにホンキートンクに寄った時に、銀次君がつけていたものでしてね。私が『可愛いですね』『その色がまた良い』『『そのつぶらな瞳に庇護欲を感じます』『思わず斬り刻んでしまいたいほど愛らしいですねvv』と色々褒めていたら銀次君が『良かったら、どうぞ』とくれたんです。いや本当に優しい方ですね銀次君はvv」

 赤屍はやたら可愛らしいピンクのハート柄のクマのストラップを得意げに卑弥呼に見せる。卑弥呼はそのクマがやっぱり3○5日テディだと確認した。哀れな金髪の子羊を思い描いて天を仰ぐ。(ひっそりと馬車も天を仰いだ。)
 そしておもむろに、卑弥呼は、ぷっと笑い出した。

「・・・褒め言葉で脅迫されたようなもんよね!」

 クスクスと可笑しそうに笑う卑弥呼の声を聞いて馬車は違和感をさらに強めた。
 赤屍は卑弥呼と馬車の心境を知ってか知らずか薄く笑いながら「ところで卑弥呼さん」と話しかける。

「今日の貴方は随分楽しそうだ。何か良い事でも?」

 卑弥呼は戸惑ったように目を泳がせた。 "
 彼女は後ろに向けていた顔を前に戻し「・・・別にそんなことはないわ」と呟く。馬車は助手席の卑弥呼をちらりと見ながら、何かを誤魔化しているようだと思った。






 苛苛して仕方がない。
 卑弥呼は衝動に任せて次々と敵をけちらしていく。加速香を使いながら、爆炎香を使用するとあっという間に目の前の敵を倒せた。

「鬼気迫る殺気ですね。レディポイズン。死者がでないのが不思議なくらいだ。」

 爆炎香をしまいながら、後ろからゆっくりと歩いてくる男 の声を聞く。

「・・・今日の敵は強いからね。いつもより気合いいれただけよ。それよりあんたこそ殺ってないでしょうね?」

「ええ、一応ご命令どおりには、ね。しかし本当に宜しいのですか?今日の敵は腕の立つ方々ばかりです。今ここで確実に仕留めなければ後々面倒なことになりかねませんよ?」

 卑弥呼はニヤリと笑う。

「――あらDrジャッカルとあろうものが弱気な発言じゃない?大勢で来た方が倒しがいがある。それくらい言わないと、その大層な名前が泣くんじゃないかしら?」

「クス。・・・ええまぁ私はそう考えます。私は、ね」

 含みのある言葉だ。どきりとしながら、その言葉を無視する。

 黄昏時。郊外からはずれたのどかな田園風景に不似合いなアーミー服を着た男達が死屍累々とオレンジの光を浴びながら転がっている。
 卑弥呼は強気な発言とは裏腹にしゃがみこんで最後に倒した敵に息があることを確認しホッとする。

「加速香、爆炎香、そしてそれは赤死香でしょう?この頃は随分危険なポイズンパフュームをお持ちのようですね?」

「あんたとの仕事だからよ、ジャッカル。あんたとの仕事はいつも危険だからね」

 軽く睨みながら後ろを振り返り、赤屍と対峙する。
 対峙した赤屍の後ろには自分が倒した敵がゴロゴロと転がっていて、内心自分でもその数に密かに驚いた。
 1年前にブードゥチャイルドとしての覚醒を遂げた卑弥呼は飛躍的に戦闘能力を上げていたが、今日の倒した敵の量は自分でも驚くには十分な数だった。赤屍は眇めた目に楽しげな色を映す。

「そう今日の敵はとても危険です。恐らくはどこかの国家のお抱えのプロですよ。油断ならない強者ばかりだ。そしてその強者たちを貴女はこの短時間でこれだけ倒した。勿論その一因 には私が含まれていたことも関係していますが――最近の貴方の血に飢えた獣のような殺気は尋常ではありません。とても魅力的ですよ。私が手合わせを願いたいくらいにね」

 すっと唇をつりあげ、茜色の光に照らさせながら赤屍が妖しく微笑む。
 見たものに冷気を感じさせるような妖しい笑み。強者と評し時ながら、その強者と闘った後なのに赤屍の黒い衣服はどこも破れたり乱れている様子はない。疲労もまったく感じられず戦闘前となんら変わったところはないように見える。

 ――そうこの男は何も変わらない。1年前のあの戦いの後でも殺戮を愉しみ、より強い者を渇望し続けている。
 卑弥呼はよりきつく赤屍を睨んで彼の挑発に答えなかった。答えない自分の代わりに再び赤屍が穏やかな口調で尋ねる。

「・・・貴方にそれらのポイズンバヒュームを持たせたり、その尋常ならざる殺気を抱かせるような何かがあったのではないですか?レディポイズン?」

 ぐっと動揺を必死に隠そうとした。

 そう確かに強い破壊衝動はあの日から感じるようになっていた。
 それは日に日に増していくようで最近では倒せ!殺せ!とう幻聴が聞こえるようになってきている。このまま仕事をしていると、いつか本当に人を殺してしまう、と危惧を覚える。だが家で静かに破壊衝動を耐え忍び続けるのは気が狂いそうなきがした。

 だから無茶なくらい仕事の予定を入れて、我武者羅に仕事をしている。もやもやとした焦燥と強い迫観念に責めたてられながら、何かの飢えを必死に満たそうとしていた。だから、だからこそ赤屍に殺しを禁じたのだ。一度目の前で殺しを見てしまったら、自分の破壊衝動を押さえ込める自信がなかった。

 今日の赤屍は怖い。卑弥呼の精神を乱すことを楽しんでいるのか、こちらの精神に深く踏み込んでこようとする。
――この男に少しの油断も見せてはいけない。つけこまれたら全部見透かされる。
 卑弥呼はすっと目蓋を下げて、呆れたような、突き放したような表情を作った。

「馬鹿なこと言ってないで戻るわよ。馬車さんが待ってるんだから」

 足早にトラックに向かって歩きだした。赤屍は薄く笑いながら卑弥呼の言葉に従った。

 どれだけ自分は動揺を隠せただろうかと考えながら、再び朝の出る間際のあの強烈な眠気が再び襲ってくるのをかんじた。そんな卑弥呼を赤屍は、目を細めながら見つめていていた。